出稼ぎ公女の就活事情。
 モンタさんの手に引かれてやって来たのは紹介所の裏手にある裏口を出てすぐの路地だった。

 わたしは黙って付いて行きながら、周りの気配を探り警戒する。
 裏口の付近にも、路地にも他に人の姿はない。モンタさんは人目を気にするようにキョロキョロしているけれど、それは単にあまり他人に聞かれたくない話をするためであるように見えた。

 わたしの考えすぎではないか。
 そんな思いが頭を過る。

 先ほどモンタさんと距離を感じたと思ったのは、わたしの考えすぎで、実はモンタさんはただ生まれが違うというだけで街で絡まれていた、というだけの被害者で、わたしは変に警戒しすぎなのではないだろうか。


「姉ちゃん、実はものごっつうええとこのお嬢様やろ?この街におんのも、どっか金持ちっちゅうかお貴族さんのとこに世話んなっとるんとちゃうか?」

 わたしを見上げてくるモンタさんが小声で言う。わたしはいまだ中途半端な警戒心で戸惑いがちに頷いて見せた。

 何事もなく、話が終わればいい。
 そう、思いながら。

 なんとなく、というかたぶん間違いないものとして、モンタさんの告げる答えはわかっているのだ。

 誰かがわたしの職探しを妨害していたのだとしたら、その誰かはーーきっと。

 リル。


 キュッと胸が軋む。


「たぶんやけど、その世話んなっとる家が紹介所に釘刺しとるはずや。でないといくらなんでも面接の一つや二つは出来とるはずやさかいな。……前にも似たようなんを見たことがあんねん」
「ーーうん」

 リルは、最初から反対していた。
 最初からわたしに外で仕事をさせるつもりなんてなかったのだ。

 わたしが一人でムキになって一人で張り切っていただけ。

 本当は、もっと以前からそうではないかと疑ってはいた。

「こんなん職員に聞かれたらいらんこと言うなて怒られるけどな。姉ちゃんごっつ頑張って通って来て、毎回期待もしとるやろ?なんやもう見ておれんくなってもうたわ」
「モンタさん……」

 気の毒に思って言ってくれただけなのだ。
 
ーーねえ、それだけだよね?

 モンタさん。

 ふわふわのモンタさんの手がわたしの手を握る。

 ドクン、ドクン、とわたしのものか、モンタさんの手から伝わってくるのか、鼓動が響く。

 わたしたちがこの場に来て、一呼吸置いて現れた裏口の脇に隠れた気配。
 おそらくは二人。

 ミラさんではない。
 御者でもない。

 紹介所の職員でもない。

 気配を消すことに慣れた人間の気配。

「モンタさん、わたし、もう行くね?」

 ねえ、だから。
 お願い。

ーーその手を離して?

 手を引いたわたし。
 掴んだままのモンタさん。


 わたしの頭の中に、何度も言われた言葉が蘇る。 

 
< 65 / 86 >

この作品をシェア

pagetop