出稼ぎ公女の就活事情。
 ポチャンと水音がして、わたしはそちらに顔を向けた。

 音がしたのはたぶんわたしがいる場所から右側にある小さな池。魚が跳ねた音だろうか?
 わたしはなんとなく気になってベンチから腰を浮かしかけ、「あいたっ」と中腰で呻いた。

 あれ?わたしそんな腰が痛くなるほど長くいたっけ?と思い、空を見上げるといつの間にか日はずいぶん高い位置にあった。

「やばっ、ぼんやりしすぎてたっ」

 クビを言い渡されてお母屋を出たのが朝まだ早い時間。
 けれど太陽の位置からするに今の時間はとうに昼を回っているだろう。

「……うぅっ、ぼんやり浸ってる場合じゃないのに」

 現実逃避して過去を顧みている場合じゃない。
 次のお仕事を探さなくちゃ。
 いえその前に今夜の寝床が先かしら?

 クビになったおかげで、今夜寝る場所さえない。
 わたしはため息を一つついて、足元に置いてあった皮のトランクケースを両手で持ち上げる。
 何はともあれ、いつまでもここにいるわけにもいかない。

 わたしはトランクケースを引き摺るようにして、邸の外を目指して歩いた。
 使用人の利用する裏木戸に向かう。
 人一人がようやく通れる狭い出入口だけれど、そこはお金持ちの貴族のお邸。しっかり門番がいる。
 門番のおじさんはわたしの姿を認めると、軽くまだいたのか、と言いたげな顔をしてから苦笑いをして寄越した。

「あー、えーと……なんだ。ご愁傷様だったな」

 ポリポリと頭を掻きながら言うのに、わたしもまた苦笑を返す。

「まあ貞操は無事でしたから。仕事はなくなっちゃいましたけどねっ」

 あえてあっけらかんとそう言って見せて、肩をすくめた。おじさんは木戸を開きながら「まあ、その……無事だったのは良かったよ」と言った。
「はい」

 とわたしは返す。

「これからどうするんだ?」
「とりあえず今日のところは宿を探して、明日から仕事探しに忙しみます」
「そっか。気を落とさず頑張れ」
「ありがとうございます」

 わたしはぺこりと頭を下げておじさんの開けてくれた木戸をトランクケースを引きずりながら抜けた。
 使用人が使う裏木戸の外は狭い路地だ。
 その路地を庶民街の方向へと歩く。
 わたしの所持金で泊まれる宿も、お仕事の仲介をしてくれる仲介所も庶民街にある。
 そこまでわたしの足で半刻ほど。
 歩きついでに頭の中で明日からの予定を立てるとしようか。


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