演っとけ! 劇団演劇部
それに目を奪われていた僕は危うく降り損なうところだった。
慌ててホームへ降り立ったものの、それから学校に着くまで殆ど学校の生徒を見ることはなかった。それどころか、教室には誰もいなかった。
あまりに晴れやかな気分は僕に早起きをさせ過ぎてしまったらしい。そう考えると、さっきのモジャモジャ頭の人も早く着き過ぎているはずだ。彼が学校に早く来て部活動をするところを想像しようと努力したが、それはあまり上手くいかなかった。外見からいってサッカー部かもしれない。彼からのスルーパスをダイレクトでボレーシュートする自分を想像することは出来た。客観的に考えれば、その方が現実離れしているはずなのだが、妄想とは自分に都合良いものだ。
 それから更に都合のいい妄想は続き、何故か遠藤さんがマネージャーになっていて僕にタオルを渡してくれたり、国立で強豪校をうち破りインタビューを受けているうちに、妄想はいつの間にか夢になっていた。
クラスメイトのおしゃべりが遠くから聞こえてきて目を覚ましたとき、遠藤さんが僕の机の前にしゃがみ込んでいた。
「おはよう、エイト君」
 僕の目線に合わせて挨拶をする彼女に
「おはよう、レイちゃん」
と、寝ぼけたまま答えた。
 その途端、クラス内がざわついた。
(あっ)
我に返った時には、もう遅かった。
 教室内のクラスメイトの殆んどがこっちに注目している。
「レイちゃん」「レイちゃんだって」「いつの間に」「あの転校生」
 ボソボソと話す声が聞こえる。ウワサ好きの女子は嫌らしい笑みを浮かべ、男子は露骨に僕だけを睨み付けている。前の席の小島君だけは目を丸くさせて驚いていた。というより、僕のあだ名はいつから転校生になったのだろう。
「あっ、いや、今のナシ」
 慌てて取り繕うも既に遅かった。むしろ逆効果と言ってもいい。
「どうしたの?」
 僕のほうを向いている彼女はその状況にまったく気がついていない。いや、気がついていたとしてもそれでどうこう態度が変わるような子じゃないのだ。そんな彼女のことが僕は…なんてことを考えている場合じゃなかった。
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