演っとけ! 劇団演劇部
いつだったか、まったく知らない他のクラスの女子から携帯電話のメールアドレスを聞かれて困ったことがあった。話したこともないし、好みのタイプでもないので断ったら泣かれてしまった。しかも見えないところで泣いてくれればいいものを、廊下の少し離れたところで友達に何か報告した後に泣き始めた。しかも、その友達まで何故か泣き出し最終的には
「あんなひどい男と付き合わなくてよかったよ」
と謂れもない言葉でなじられ、睨まれた。
 それが僕の中学生時代、唯一の演劇部との接点だった。
 小島君に話を合わせて僕も話していると彼の視線がしゃべり始めたときからずっと変わっていないことに気がついた。
 何気なく彼の視線の先を追ってみると、そこには一人の女子生徒の横顔があった。
 僕の席より一つ前の廊下側に座る彼女からは、離れた場所にいても感じる美少女のオーラが放たれていた。
「遠藤さんもどうして…」
 ため息混じりに呟く言葉の続きを聞かないでも小島君の言いたい事が理解できた。
 確かに信じられない。
栗色のセミロングの髪は暗い演劇部のイメージからかけ離れ、太っているどころか座っていてもわかるプロポーションの良さ、色白で強い目を持っているその女子が特別な存在だということがわかる。
(あの子も演劇部なのか…)
中学時代に彼女からメアドを聞かれていた
ら、僕も目の前で悪口を叩かれなくて済んだし、高校でもサッカー部に入っていたことだろう。
「じゃあ演劇部に入ったら?」
 僕は自分の想像する未来の一つを小島君に提案してみた。
「バカなこと言うなよ。遠藤さんはかわいいから何したって許されるけど、俺が入ったら友達いなくなるって」
 彼の言うとおりだ。僕にしたって同じ道を辿るに違いない。現実主義な小島君の言葉で僕も遠藤さんとの甘い高校生活をかき消して現実に戻っていった。
 放課後、新入生が部活に勧誘される時期を完全に逃した僕は大人しく一人で帰宅するために下駄箱で靴に履き替えていると
「よう、エイト君」
と、後ろから呼びかけられた。下駄箱にうつる一際大きな影。振り向かなくても誰だかわかっていた。
< 4 / 109 >

この作品をシェア

pagetop