演っとけ! 劇団演劇部
 せっかく嫌がっている(と思いたい)遠藤さんにまで協力してもらったのに、僕は何をやっているんだ。
 完全に気を抜いてしまっていた。トイレで用をたしている時だって尾行中じゃないか。
 尾行は家に帰るまでが尾行。
さすがにアホ洸河でも気づいてしまったらしい。
勝ち誇ったような笑みで話しかけてきた。
「いやぁ、偶然だね。僕は遠藤さんと来ているんだけど、君は誰と来ているんだい?」
 洸河がアホの中のアホで本当に助かった。
「誰とでもいいじゃないですか」
 そうとわかれば長居は無用。
 僕は逃げるようにトイレから出て行った。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか」
 僕が席を立った後、キングオブアホ洸河もトイレへ向かうのを見ていた相田先輩に事情を説明した。
「そうか、極上のアホだな」
 先輩の結論も同じだった。
 念のため洸河が戻ってきてくるまで相田先輩には隠れてもらい、しばらくしてから舞台が始まった。
 レベルの低い小劇団でも今回の作戦が失敗に可能性はある。あくまでもあのアホに演劇の良さを知ってもらうのが目的であり、色仕掛けではないからだ。
「最悪の場合は、レイのセクシーな演技でどうにかしてもらおう」
という相田先輩の案が実現しないためにも、祈る気持ちで舞台を観ていた。
 ストーリーは、父親の葬式から帰ってきた一人暮らしの男子大学生のところに、幽霊の父親がいる。というドタバタコメディだ。
 役者はあと大学生の彼女しか出てこず、3人だけで場面転換もなく物語は常に笑いを中心に進みつつ、核心に迫っていく。
 もう少しテンポがよければもっと面白かったが、それなりに良く出来た芝居だったので、色仕掛けの心配はなさそうで僕は胸をなでおろした。
 唯一の懸念は話のテーマが家族愛と恋愛だっただけに、あのアホが勘違いしてしまわないかが心配だ。
 2時間後。僕と先輩は拍手の起こるの会場をそそくさと後にして、二人が出てくるのを待った。
(ああっ!)
< 46 / 109 >

この作品をシェア

pagetop