演っとけ! 劇団演劇部
(―なんだ)
 別に僕じゃなくても良かったということじゃないか。あまり余計な期待をしないほうがいいかもしれない。
 別のことを考えながらも、今度はちゃんと彼女の話を聞いていた。なぜなら彼女の話は中学にいた女子とのおしゃべりよりもずっと面白かったのだ。さすがと言うべきか、彼女は話に沿ったその時々で巧みに表情を変え、あたかもその場面が再現されているかのように話をする。
 モノの見方も人と少し違っていて、女子の話には珍しくちゃんとオチもあった。
「遠藤さんって、面白いね」
 小劇場に着く頃、僕がそう言うと
「ねぇ。私はエイト君って呼んでるのに、そっちが苗字だと不公平じゃない?」
と、言ってきた。
「でも下の名前知らないし」
「遠藤玲です。王様の王に、号令の令で『レイ』。宜しく」
 彼女がペコリと頭を下げた。僕も合わせて頭を下げ、顔を上げる途中で目が合うと
「レイちゃんでお願いします」
と笑顔で言われた。
「…それは、ちょっと恥ずかしいな」
 僕が軽く身をひくと、彼女もまた悩みだし
「んー、そうだよね。私も下の名前で呼ばれたことって親か女子しかないしなぁ」
「やっぱり、それで」
 彼女の考えが変わる前に僕は、即決した。
「れ、れ、れいちゃ…れ、れ」
 そうは言ったものの、なかなか口に出すのは難しい。僕の葛藤を横目で見て
「いや、エイト君のほうが面白いし」
と彼女は、また笑った。
 どうやら僕はすっかり彼女にハマってしまったようだ。
 初めて入る小劇場は思ったよりもずっと狭かった。五、六十人入ったらいっぱいになってしまうんじゃないかというくらいの客席にそれと同じくらいの広さしかないステージ。薄暗い電気は、僕の中にある演劇のイメージと重なった。
 遠藤さん(まだレイちゃんは無理だ)が
「こういう照明の雰囲気だけでドキドキしてくるよね」
というのを聞いて、演劇の世界では『電気』と言わず、『照明』ということを知った。
僕たちはステージから一番近い席に座り始まるのを待った。席に予約とかはいらないらしい。横に座る彼女が真剣に入り口で貰った厚いパンフレットを見ているので、僕もまじめな顔で真似をすると、パンフレットは一枚だけで、残りは他の演劇の宣伝チラシだったので驚いた。
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