ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ
でも、まぁいつものことなので腹も立たない。

「ああ、そうか、副社長のご登場だったな」

思い出したように主任が言う。でも、私はペコリと頭を下げてその場を退散する。無駄口は叩かないに限る。

「本当、愛想のない奴だな」

主任の大きな呟きが耳に入るが、お宅に愛想良くしても何の得にもなりません、と心の中であっかんべえをして階段を下りる。

カンカンと足を下ろすたびに大袈裟な足音が聞こえるが、自分が出している音じゃないみたいだ。フワフワと宙を浮いているみたいで足に力が入らない。

それにしても今日はなんて暑いんだろう。グングン気温が上がっているみたいだ。本当に梅雨が明けたのだろうか? 照り付ける日射しが眩しすぎる。

こめかみから汗が一筋流れ落ちるのが分かった。
手摺りを握っていた手を放してそれを拭う。

その時だ、一瞬目の前が真っ暗になる。
あれ? 鳥になったみたいだ。体がフワリと宙に浮く。

「あっ! 危ない!」

男性の声が遠くに聞こえ、呑気にも『イイ声だなぁ』なんて思っていると、ドスンと衝撃を受け、ギュッと誰かに抱き締められた……ような気がした。いつもは抱き締める側なのに――。

瑞樹を抱き締めるとお日様と甘いお菓子の匂いがする。私はあの匂いが好きだ。でも今、鼻先に香るスパイシーでセクシーな匂いは、上質で大人の男を感じさせた。

凄くいい匂いだ……。
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