ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ
茉莉乃さんの横柄な態度に飲まれ、「はい、すぐに」と言って一歩踏み出したところで副社長が私の手を引き、その腕に私を抱き留める。

「彼女は秘書ではない。僕の大切な女性(ひと)だ」
「大切な?」

ふふっと彼女が含み笑いをする。

「私、別に愛人の一人や二人いたって全然気にしないわ。男はそれぐらいの甲斐性がなくっちゃ」

――愛人の一人や二人って、どんな感覚の持ち主なんだ?

「悪いけど、僕はそういう倫理観の持ち主とは結婚できない。それに、婚約の話はさっき聞いたばかりだ。君のことなんて婚約者だなんて思っていない」

副社長がキッパリと言う。

ああ、と先程ドアの外で聞いた会話を思い出す。
だから、急に機嫌が悪くなったんだ。なるほど。

「何を仰ってるの? 我々ほど地位にある者は結婚もビジネスでは? 結婚という繋がりにおいて個人の感情など無きに等しきもの。だったのでは? これ、全て貴方の過去のお言葉よ」

副社長の腕の中から、そんなことを言ってたんだ、と彼を見上げる。

「ああ、あの頃の僕は確かにそんなことを言っていた。だが、それは間違いだと気付いた」

あの頃とは……もしかしたら姉が駆け落ちをした頃だろうか?
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