ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ
『選択を迷うのは邪心が働くからだ。道は何でも二つに一つしかない。イエスかノー、その二つだけだ』

随分断定的な言い方だとその口癖があまり好きではなかったが、ここにきて分かったような気がする。

大会社のトップに立つ兄。一つの問題に選択肢も多い。だが、迷っていてはライバル会社に先を越される。だから瞬時に一つを選ぶために、兄は先の言葉が口癖になったのだろう。

そう考えると、兄はやっぱり凄い人なのかも、と今更だが思う。
――たった一つのことでこれだけ悩んでいる自分とは雲泥の差だ。

そうだ、二つに一つ。
マンションを出て行くか出て行かないか。

当然、出て行かないという選択肢はない。
茉莉乃さんという時限爆弾が発動し始めたのだから――なら、躊躇わず決行あるのみだ。

――確かに、兄の口癖通りに思考を変えると実に簡単に意見がまとまる。
フッと皮肉な笑みが零れる。

出て行く理由は……やはり本当のことを話すしかないだろう。
私が新堂の娘だと。

第三者の茉莉乃さんから聞かされるより、副社長もダメージが少ないと思う。

告白は……と考えているとシュルルルルと圧力釜が音を立て始めた。
思考を一旦停止させ、火を弱めるとタイマーを十五分にセットする。

今日は秋刀魚の生姜煮。
生きのいい初物の秋刀魚が手に入ったので、骨まで頂くことにした。
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