ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ
萌えは私を救う
おそらく誰も私の言うことを信じないだろう。
目の前で展開されている光景に、私自身が信じられないのだから……。

結局あのあと、私は副社長に押し切られるようにして……いや、脅されて、“家政婦契約書”なるものにサインをした。

そして、副社長の退院日に合わせて、私のアパートから必要最低限の荷物を彼の自宅だという高級マンションに運んだ。

『留守中の家賃は僕が払う』と申し出た彼に、『愛人じゃあるまいし結構です!』と丁重にお断り申し上げたら、大笑いされた。

だが、その顔は凄く胡散臭かった。
でも、瑞樹と初対面したときの顔は……驚いたのなんのって!

ひと言で言えば『ドーベルマンがチャウチャウ犬になっちゃった!』みたいな変化(へんげ)だった。あれは本物の笑顔だった。

「瑞樹ぃぃ」

今まさにそのチャウチャウ犬が目の前にいる。

「ほぉら、シッカリ掴まれ、クルクルだぞぉ」

無駄に広いリビングの中央で、車椅子に座った副社長の膝に乗っているのは……瑞樹だ。

遊園地のコーヒーカップを回すように副社長が車椅子をクルクル回し始めると、膝の瑞樹がキャッキャッと喜びの声を上げる。

「楽しいかぁ、そうか楽しいのかぁ、もっとだぞぉぉ」

語尾に音符マークを貼り付け、デレデレと相好を崩しながら更にスピードを速める。

彼が病室で言った『男女問わず可愛いものを愛でるのが好き』は本当だった。
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