ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ
***

ペチペチと頬を叩く手に、「瑞樹ぃ、もう少しだけ寝かせて」と懇願する。だが、奈々美と呼べず最後の一文字の『美』だけ取って「みー」と呼ぶ瑞樹の声は、足元の方から聞こえる。

じゃあ、頬を叩くこの手は誰?

恐る恐る目を開け、「ヒッ!」と息を飲み、「副社長! 何をしているんですか?」と叫びながら布団を頭から被る。

「瑞樹が『おっき、ない』と言うから起こしに来た」

「えっ!」と布団から飛び起き時計を見る。午前八時。

「嘘でしょう!」

完璧に寝坊だ。

バタバタと朝の支度を済ませ、ギリギリセーフでいつもの時間に瑞樹を保育園に送っていく。

それが幸いしたのか、昨日の出来事を思い出すことなく、いつもと変わりない朝を迎えることができた。

「剣持さん、秘書補佐の方がいなくなってお仕事に差し支えないんですか?」

でも……やはり副社長とは距離を置きたい。そう思う態度がどうしても現われてしまうみたいだ。

「お前はどうして剣持にばかり話し掛ける!」

とうとう副社長が爆発した。

「えっ、そうですか?」

惚けるが副社長の眼は『訳を言え』と執拗に私を見る。
どうしてって言えるわけがない。

『姉に嫉妬しています』なんてこと。
『私、本当は新堂奈々美と言います。瑞樹は翠花の子どもです』なんてこと。
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