ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ
「いえ、社長は奥様にベタ惚れでして……ですが、大切な結婚十周年を一日勘違いされて」

前倒しに祝いの席を設けてしまったらしい。
いや、例えそうであったとしても、忘れていたわけじゃない。それのどこに怒る理由があるのだろう?

「奥様は旦那様の愛情が『勘違いするぐらいいい加減なものだったのね』と激怒され、ご実家に帰ってしまわれたのです」

何とまぁ、と口をポカンと開ける私に、剣持さんは「本当、呆れるような理由です。あの奥様ですので、無理ないのですが……」と何が『あの』なのか分からないが溜息を零す。

ちなみに、その実家というのが海音リゾートホテル他、海音海運など数種の関連企業を束ねる海音財閥だという。

思わず「凄っ」と唸ってしまった。

「奥様が出て行かれて今年で十五年です」
「――そんなに! 長いですね。でも、離婚はされないんですね?」
「はぁ、お二人は相思相愛ですので……」
「……でも、別居されてるんですよね? 矛盾していますね」

「まことに」と言いながら「夫婦喧嘩は犬も食わない、ということですかね」とよく分からない理由を剣持さんは述べた。

「とにかくです。何を置いても副社長には北海度に赴いて頂き、パーティーに出席して頂かなくては。お母上の命ですので。さもないと……」

剣持さんがブルッと震え、「奥様の報復がどんな形で現われるか」と言いながら、「おお怖っ」と両腕を自分の手で擦る。

剣持さんにこんな思いをさせる奥様って……どんな人なんだろう?

思わず鬼婆のような顔が目に浮かび、ブルブルと頭を振る。まさかね。あの副社長のお母様だ、そんなはずはない。
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