俺様外科医の極甘プロポーズ

「どうしたんですか、花村先輩」

 田口さんはきょとんとした顔で私を見た。

「田口さんは信じてるの? こんな話」

「はい。もちろんですよ。反対に聞きますけど、先輩はどうして嘘だと思うんですか?」

「それは……」

 私は口ごもる。話してしまいたかった。みんなに真実を知ってもらいたかったけれど、きっとそれをするのは私の役割ではない。壱也先生はいっていた。これは家族の問題だって。

「ほら、証明できませんよね? そもそもはじめから変だったじゃないですかあいつ!」

田口さんは声を張り上げた。みんながなずいている。私は唇をかみしめた。壱也先生の悪口は聞きたくない。

「だからって、壱也先生のことをそんな風に言ったらだめだよ」

「……先輩はどうしてそんなに壱也先生のことをかばうんですか? あんな奴に気に入られようと頑張ってどうするつもりなんですか? なにかあったら自分だけはなにも言っていないって言って私たちのこと裏切るんですか?」

「気に入られようだなんてしていないし、みんなのこと裏切ったりなんてするわけないじゃない」

「どうだか。先輩が壱也先生のマンションに出入りしているのを見た子がいるんですよ。それこそ嘘だと思ってましたけど、本当なんじゃないのかな……いまの話、壱也先生に告げ口しないでくださいね」

田口さんの言葉にみんなの顔色が変わった。疑惑の目を向けられて、私は必至で壱也先生との関係を否定する。けれど、そうすればするほど余計に怪しまれるという負の連鎖。それを断ち切るために言ってしまった。

「あんな男と噂になるだけで気持ち悪い。いい加減にしてください!」

 まるで吐き捨てるように言うと、私は休憩室を出た。勢いに任せて飛び出してきたはいいが、行く当てがない。休憩時間が終わるまで、私はロッカールームのベンチに身を置くことにした。

時々誰かが入ってきては出ていく。まったく落ち着けない。そしてなぜだろう。胸の奥がチクチクと痛むのは。自動販売機でお茶を買うと飲み干した。

けれど、その痛みはどうしても取れなかった。それはまるで喉にささった魚の骨のように不快に居座っている。

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