CYCLE(仮)
「行きましょう。仕事です」
しばらく夜空を眺めてぼーっとしていると、頭上で声がした。
カルラが無表情でそこに立っていた。
「あ、うん」
私も立ち上がり、お尻についた汚れを払った。
(私は自分の趣味で、Tシャツにスキニーパンツのスタイルだ)
今日は1人で12件も仕事を終えたところで、このタイミングでのカルラの登場は少し想定外だった。
文句も言わず働く私を、ちょっとは労ってもいいはずだ。
そう思ってカルラをチラッと横目で見たが、当たり前だが表情が読めないので諦めた。
「今日、ここで死亡する予定の患者が1人います」
病院の屋上に降り立つと、カルラは淡々と業務内容を話し出した。
私たちの移動手段は、大体が念じればそこへ行けるという、言わば瞬間移動が多い。
そういう機能が私に備わっていて本当に良かったと思う。
そうじゃなければ、この仕事を予定通りこなすにはとても間に合わない。
私たちは殆ど会話もなく、夜のしんとした院内を無言で歩いた。
目的の病室まで瞬間移動も出来るはずだけど、おそらくこれは彼なりのコミュニケーションの取り方なのだ。
「私は病院の匂いが結構好きなんです」
とか、「あ、そう」としか反応できない様なことをちょくちょく言い出したりする。
「あと、最近編み物にハマっています。今度ユキに、手袋を編んであげますね」
「え、私は別にいらないよ、手袋なんて」
「……」
つい本音が出てしまい、ハッとした。カルラがしょんぼりした様な雰囲気でこっちを見ている。
「だ、だって私、寒さなんて感じないじゃん。ニット帽だったら、被るかも」
「では帽子を編みましょう」
心なしか、少しウキウキして見える。
編み物にハマる死神って、なんだかおかしい。
人間がこんな死神をみたら、びっくりするだろうな…。
そんなことを思って廊下を歩いていると、ふと視線を感じて振り返った。
黒い影がさっと動いた。
少し、ドキッとした。
トイレに起きた人間が、部屋に帰っただけかもしれない。
「205号室……」
影が入って言ったように思える、部屋の番号がなんとなく目に入った。
きっと気のせいだろう。だって、人間に私たちの姿が見えるはずない。
「どうかしましたか」
嗄れ声でカルラが言った。
私が「なんでもない」と答えると、私と彼の間にはまた静かな時間が訪れた。