アローン・アゲイン
暫く彼女は、自ら持参したネディア・セルムーンのアルバムを静かに聴いていた。
繊細なストリングスとモノローグ的歌詞が、喧騒を脱いだ夜の都会を彷彿とさせるスタイリッシュなARBの名盤だ。
中でも印象的なナンバーが〈WaterMark〉
彼女が側にいる時には必ず流れていた珠玉のバラードだけに、身を寄せてきた思い出のそれぞれが"夏の追憶”として写し込まれてきた…
その余韻は今も心に響いている。

『フィナーレと最後の違いが分かる?』

『前向きなThe Endか、そうでないのか…』

『私はね、二度目があるかどうかだと思うの』

記憶は写真の様に色褪せないが、二人が出会った防波堤は夏の残り香と共に、純白のボードウォークを景色から剥がしていた。
蒼い海とのコントラストの中、意味深な問いにどう向き合うのか迷っていた過去も、今では遠い夏のイマージュと消え、辿り着けなかった8月を幾つかのメモリーへと切り分けた。
澄んだ瞳が美しく眩しい存在である事は図らずも全ての思い出が物語っているが、今も変わらず見つめ返しているのは実は僕ではなく、心に染み付いた彼女自身のWaterMarkだ。
だが今、その“しるし”は苦悩をも浮き彫りにした心の闇にも浸透している。
決意と葛藤の狭間で揺れ動く感情の満ち引きが時だけを繰り返し拐っていく中、その答えに素足を浸しながら彼女は耐え凌んでいた。
フィナーレとなる分岐路へ向かい、荒海の様な空へと伸びるヘッドライトが夜霧を切り裂いていく…

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