思い出はきれいなままで
運ばれてきた前菜も、ワインも味なんてわからなかった。

どうして二人なのか、本物の光輝先輩なのか、聞きたい事は山ほどあるのに、目の前のその人に圧倒され、言葉が全く出てこなかった。

「悪い。失敗したな」
「え?」
スープが運ばれてきたところで、小さくため息をついた社長に、私は顔を上げた。

「緊張してるだろ?」
当たり前じゃない……。
そう答える訳にも行かず、私は唇を噛んで俯いた。

「せっかくだから、美味しい物をと思っただけだったんだ。そんなに緊張されるとは思わなかった」
苦笑した社長に申し訳なくて、「すみません」と言いかけた所で、

「加納!」
私は謝罪の言葉を飲み込んだ。

「謝るなっていっただろ?それに謝るのは俺の方だ。急に社長と二人で食事なんて困るよな」

申し訳なさそうに、私から目を逸らすとグラスのワインを一気に飲み干した社長に、驚いて目を向けた。


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