思い出はきれいなままで
私が言葉を発しようと社長を見た瞬間、グイっと顎に手がかかり、激しく唇が塞がれた。


「んんっ……!!」
漏れた自分の声が、キスの激しさを物語っていて、私は思いっきり社長の胸を押した。

「止めて!」
叫んだ私に、社長は慌てて離れると、我に返ったように顔を背けた。

また、どうせ無かった事にするんでしょ?
どうして?
どうして?
どうして?
その言葉だけが、心の中を占拠して涙がボロボロと零れ落ちた。

「悪い!」
私の涙に、慌てたように謝って天を仰ぎ見た社長に、私は言葉が溢れていた。

「またなかった事にするんでしょ?どうして?無かった事にするぐらいなら、キスなんてしないでよ!」
あの時から一歩も前に進めてなかった自分を払拭するように、私は叫んでいた。

そんな私たちの横を、マンションの住人が訝し気に通り過ぎていく。


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