思い出はきれいなままで
「気づいてたのか……」

小さくため息をついて、社長は電話を取り出すと、「頼む」それだけを言って電話を切ると、私を真っすぐに見た。

「まだ、間に合うなら、嫌、もう間に合わないかもしれないけど……俺の話を聞いて欲しい」
懇願するように、真剣な表情を向けられ、私は返事をすることもできず、涙を拭った。

戻ってきた車の中に促され、抵抗する気にもならず私は車に乗り込んだ。

20分ほどで都心のタワーマンションへと車が止まると、社長は私の手を取り無言で25階へとエレベーターで上がった。

目の前の重厚感のある扉を、慣れた手つきで社長が開けたとき、初めてここが社長の家だとわかり、私は手を振り払った。

「訳がわからない!どうして?なんで?」
そんな私の言葉にも、なにも言いうことなく私の手をもう一度引くと、家の中へと招き入れた。


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