飴と傘
 数日たつと、響の予想通り萩岡係長の様子が怪しくなってきた。仕事中も編曲のことを考えているのか、「ふう」とため息をつくことが増えた。そしてやっぱり、痩せてきた。元がメタボだから少し痩せるくらいでちょうど良いのだが、ストレスにさらされるのはよろしくない。奥様も心配することだろう。

「坂本龍一の『Rain』が頭から離れなくてさあ、どうしても似た感じになっちゃうんだよねえ。メロディーラインは全然違うんだけど、ピアノ使って和音で彩って、って考えると」

 恒例の月曜ランチ。今日はお魚の美味しい定食屋さんだ。小さなテーブルに向かい合い、係長はカツオのたたき、私はサバの味噌煮に箸を伸ばす。

「だめですか? ミズモリさんは喜ぶんじゃ」

「どうかなあ。Rainは、イメージをふわっと漂わせるだけがせいぜいじゃないかなあ。似てるって思われたら商業的にまずいし、ミズモリさんはそういう意味で言ったんじゃないと思うんだよ」

「なるほど」

「編曲に限らず、創作ってみんなそうだと思うんだけど、これだ! っていう方向性が見えるまでが辛いんだよねえ。そこに売れる・売れないの要素が入ってくるとさらにプレッシャー。……ご飯のお替り、今日はいいや。飯倉さんは食べてね。カリカリ梅・大葉・ジャコ・ゴマの混ぜご飯だって」

 係長はお箸を置き、お品書きを見ながらため息をついた。

 重症だ。このお店は、お代わり用に混ぜご飯を出してくれて、私たちのお楽しみなのに。
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