いつか、きみの空を。
聞いて、聞かないで





翌日の朝、昼前に起きて一番に玄関に向かう。

夜中、眠れない時間を過ごしているときに友紀さんが帰ってきた物音は聞こえたけれど、出ていく気力もなく、結局明け方になって眠ってしまったから、朝も会えずじまい。


友紀さんのパンプスはもちろんなくて、葵衣のスニーカーも靴箱にない。

葵衣が家にいるのなら、わたしが出かけようと思っていたのだけれど、たぶん今日はバイトなのだろう。


わたし達にかかるお金はすべて友紀さんが工面してくれていることもあり、葵衣は高校へ進学しなかった代わりにふたつのバイトを掛け持ちしている。

葵衣が稼いだお金を渡そうとしても、友紀さんは受け取ってくれないけれど、その分葵衣は趣味に回すお金を自分の稼ぎで賄っている。

ほとんどは貯蓄しているみたいだけれど、その手の話をわたしからは聞かないし葵衣も話さないから、あまり詳しくは知らない。


踵を返してリビングに向かおうとしたとき、玄関のドアが叩かれた。

オートロック付きのマンションでチャイムも鳴らさずにここまで来られるのは、ひとりしか思いつかない。


「あーおーいー」


馬鹿でかい声を上げながらドンドンとドアを叩くから、居留守を使う予定を速攻で撤回して鍵を開けた。


「お前相変わらず出るの遅すぎ!昼に行くって昨日連絡したろ……って、葵衣じゃねえし」


「久しぶり、慶」


「お、おう。久しぶり」


やってしまったという自覚があるのか、きょろきょろと視線を彷徨わせる慶は、なぜか一歩二歩と後ろに下がっていく。


「なんで逃げるの?」


「いやあ……だって、花奏はすぐ怒るから」


「真昼間に家のドアを叩いて人の名前を叫ぶ行為を迷惑行為と呼ばないのなら、わたしは何も言わないよ」


「……ほんと、ごめん」


凄んだわけではないのだけれど、しゅん、と眉を下げて肩を竦める慶が可哀想になってくる。


いつもこうだ。

慶はアホだけれど、こちらが注意をすると素直に謝って反省をする。

それも、同情心を通り越して申し訳なさを感じてしまうほど、目に見えて明らかな猛省。


「葵衣ならいないよ」


「え、マジで? あいつ今日バイトないって言ってたのに」


「……それ、本当?」


まだ少しオドオドとしながら、慶が呟いた一言を聞き逃さなかった。


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