いつか、きみの空を。
気の済むまで慶の頭を撫でていると、ずっと手を上に伸ばしていたせいで、ジンジンと痺れてくる。
手を離したタイミングで、届きにくかったろ? と腰を曲げてくるから、最後にわしゃわしゃと撫で回しておく。
「今日は帰るけど、また来るな」
「うん。今度は久しぶりに四人で遊ぼうよ」
「それいいな!遊べるところ探しとく」
すっかりいつも通りに戻った慶が変な横歩きでわたしに手を振りながら去って行く。
わたしも手を振って見送っていると、エレベーターへの曲がり角に消えたはずの慶の声が耳に届く。
「葵衣!」
微かに通路に伸びた影は、わかりにくいけれどふたり分あるように見える。
なにより、大きな慶の声が二十メートルは離れたここまで聞こえて、あの角で鉢合わせた人が誰なのかがわかった。
「ご、ごめん……葵衣の家に行ったんだけど、誰も出なかったから帰るところだったんだ。花奏は?いないのか? 久しぶりに会いてえのになあ」
わざと声をワントーン上げてボリュームも大きくして、わたしに聞こえるように話しているのだろう。
急いで家の中に入って、鍵を閉める。
ぴたりとドアに耳を当ててみるけれど、さすがに外の声は聞こえなかった。
葵衣があのまま慶の家に行くとは限らない。
帰ってくる前に部屋に戻ろうと耳を離しかけたとき、ひとり分の足音が近付いてくるのが聞こえた。
たぶん、葵衣だ。
履いていた靴を揃えて脱ぎ、音を立てないように自室に入る。
大した間もなく、解錠される音が聞こえた。