いつか、きみの空を。
玄関に一番近い部屋が友紀さん、真ん中がわたし、そして突き当たりのリビングに近いのが葵衣の部屋。
葵衣の足音がわたしの部屋の前を通り過ぎるのを、ベッドの前で突っ立ったまま待っていると、足音は葵衣の部屋にたどり着く前に止まった。
位置的に、わたしの部屋の前だ。
「花奏」
まさか、昨日の今日で声をかけられるとは思わなくて、声を出さずに息を飲む。
聞こえないフリをすればいい。
ドアをノックされたわけでもない、廊下から声をかけられたって、イヤホンをしていたということにすれば、無視をしたって不可抗力になる。
「出て来なくていいから、聞いて」
わたしを呼んだ声よりも近い。
きっと、部屋の前にいるのだろう。
「さっき、慶と会ってたんだろ?」
聞いて、と言うくせに問いかけるのはずるい。
返事をせずにいると、葵衣は最初から知っていたように、慶と会ったことを前提に話し出す。
「ひとりのときに家に上げたりするなよ。慶も男なんだし、花奏も少しは考えて」
「幼馴染みにそんなこと言わないで!」
黙っているつもりが、ついカッとなって声を荒らげてしまう。
「慶のこと、なんだと思ってるの?」
慶への対応がシビアだろうが何だろうが、それは長年の付き合いだからということもあるし、葵衣の性格でもあるから何も口出しはしない。
けれど、今の一言は聞き過せない。
「慶じゃなくて、俺は花奏に言ってるんだ」
「だから、それの意味が……」
わからない。
そう続けようとして、頭に蘇るのは昨日のこと。
まさかとは思うけれど、昨日の一件のことを葵衣は誤解しているのだろうか。
「馬鹿じゃないの」
鼻で笑ってやった。
葵衣にはわたしが誰彼構わず手を伸ばすような人間に見えているのか。
もしそうなら、好都合でもある。
全くの誤解だけれど、わたしが葵衣に惹かれているのは云わばイレギュラーというやつで、葵衣には考え付きもしないことなのかもしれない。
それなら、葵衣の言い分も理解が出来る。
ついでに、葵衣が心配をしているのはわたしではなく慶だということも。