いつか、きみの空を。
「慶と何を話してたか気になる?」
もう、何も隠す気がなくなってしまった。
慶はあれで誤魔化したつもりなのかもしれないけれど、突然饒舌になって声のトーンも上げて、声量を大きくしたら違和感しかない。
その違和感を見逃すほど、葵衣は鈍くなければ優しくもない。
「別に。どうせくだらないことだろうからな」
そう、正解。
くだらないことばかりだったよ。
わたしが慶にフラれた辺りなんかは特に。
「そうでもなかったけどね」
葵衣の言うことで合っているのに、何を言い出すんだ、とわたし自身が驚いている。
葵衣、聞いてよ。
慶と何を話したの?って。
慶に何を聞いたの? 何を言われたの? って。
全部、慶じゃなくて、わたしに聞いて。
「……花奏、慶のことが好きなのか」
予想もしていなかったことを聞かれて、一瞬、時間が止まった気がした。
背筋が冷たくなって、髪に隠れた額には汗が滲む。
どう答えたらいいの。
慶を巻き込むことを覚悟して、イエスと言う?
それは、ダメだ。
この後に葵衣と会う慶のことを考えると、嘘は吐けない。
かといって、ノーと言ったら本心はともかく葵衣は納得してドア一枚を隔てたそこから去るだろう。
「好きって言ったらどうするの?」
返答に詰まる素振りを見せてはいけないと思って、咄嗟に一番困らない選択肢を引き出した。
場合によっては、返答もなしに去られてしまうかもしれないのだけれど。
葵衣に限って、そんなことはしない。
思わせぶりなことを言って惑わせた方が、わたしが優位に立てる。
そんな油断をしたとき、鍵をかけていなかった部屋のドアノブが半回転した。
「嘘吐き」
半分だけ開けられたドアから顔を見せた葵衣はたった一言を残して、背中を向けた。
ゆっくりと閉じていくドアの向こう側に見えた葵衣の背中がひどく遠くに感じられて、一番避けなければいけない選択をしてしまったことを悟る。