いつか、きみの空を。
葵衣の方から聞いてほしかった。
慶のことが好きだなんて、的外れなことは聞かないでほしかった。
そうしたら、言わなきゃよかったと後悔することはなくて、なんてことを聞くんだ、と葵衣にすべてを押し付けることが出来たのに。
結局、自分を追い詰めるのも墓穴を掘るのも、わたし自身だということ。
「嘘吐き……か」
他の肩書きをすべて捨てて、ただの嘘吐きになれるのなら、名前も立場も居場所も捨てられる。
いつかは葵衣から離れなければいけなくて、今はそのときのための準備期間であり、思い出を作る時間のつもりで過ごしているのに、いつの間にか行き着くのは葵衣との未来を得る方法。
どうしようもないほどに膨れ上がった想いは、腫れているといった方が正しいほど、痛みと熱を伴い始めた。
もう、心臓に張り付いて切り離すことが難しい。
この恋心とも呼べないどす黒い感情を壊すには、一度死んでしまうしかないのだろう。
けれど、死ぬくらいなら、限界まで葵衣のそばにいたい。
破裂寸前まで、葵衣に近付きたい。
壁を隔てた隣の部屋にいる葵衣への距離が遠過ぎて、床にへたりこんだ太ももに落ちたのは透明な雫。
どれほど心の内に抱えたものが汚泥のような色をしていても、涙はいつも透明だ。
何色にも染まらない涙だけがわたしの想いを許してくれる唯一だとさえ思える。
もし、もしも。
葵衣の口から『 慶 』ではなくて『 葵衣 』を好きかと聞かれたら、わたしはどう答えるだろう。
ようやく聞いてくれた、という気持ちの裏側で、きっと。
そんなことを聞かないで、と泣いて、葵衣に見透かされてしまう。