いつか、きみの空を。
日誌を書き終えて担任に渡しに行く頃には校舎内に人の気配がなくなっていた。
豪雨警報が出ていることもあって、今日はどの部活動も中止だということは、昼過ぎの時点で伝えられていたから、わたし達が最後かもしれない。
「こんな雨が降るなんて聞いてない」
「まあまあ、夜には止むらしいよ」
タイミングを見て、日誌が遅くなってしまったことを謝ろうと思ったけれど、また橋田くんへの小言が始まる予感がしたから、話を逸らしておく。
これ以上ひどくなる前に、と紺色の傘を広げて外に出ると、日菜も可愛らしいピンクと白のボーダー柄の傘を差して追いかけてくる、
昇降口の外の地面を覆い尽くす水たまりは、避けようにも避けられない。
水面に落ちた雫が波紋を落ち着かせるよりも早く、次の粒が降ってくるからどの水たまりも大きくなるばかりで、靴下は既にびしょ濡れ。
日菜が何か言っているけれど、それさえも聞き取れない。
リュックも手提げも防水加工のものでよかった。
それと、この傘を借りてきて正解だった。
学校の敷地を出て五分ほどすると、日菜とは別れる道に着く。
別れた先からお互いの家は近いから、手を振ってすぐ、日菜に背を向ける。
まだ水曜日だっていうのにシャツもスカートもびしょ濡れで、帰ったらすぐに乾かさなきゃいけない。
それを考えただけでも足が重くなるけれど、立ち止まるわけにはいかないし、深い水たまりを避けることは諦めて、道の端を歩く。
マンションの入口が見えてきたとき、背後から車の音が聞こえた。
直進しかできないこの道で、大雨の中でもはっきりと聞き取れるその音に、少しでも急ぐべきだったと気が付いたのは、ぽたりと自分の毛先から雫が滴ってからのこと。
スピードを緩めもせずに通り過ぎて行った車は、もう見えなくなっている。
ふつふつと、橋田くんには反応しなかった怒りが湧き上がってくる。
それも、横から叩きつけるような勢いに変わった雨粒が体を濡らす度に収まっていく。
残りかすを散らすように深く深呼吸をしたあと、さっきよりも遅い歩みでマンションの屋根の下に入る。
傘を閉じ、シャツやスカートの裾を絞れるだけ絞り、リュックや手提げをタオルで拭ってからエレベーターに乗り込んだ。