いつか、きみの空を。


「何言ってるのかわからない。それより、日菜と花奏喧嘩したんだって? ちょっと話せよ。今からでも慶のやつ呼んで飯食いに行こう」


葵衣の気遣いにも日菜は首を横に振る。

葵衣との隙間からわたしを見た日菜の口が声にならない言葉を紡いだ。


『ごめんね』って。


背伸びをした日菜が葵衣へ何を耳打ちしたのかはわたしには聞こえなかった。

ただ、葵衣が大きく目を見開いて、息を飲む音は、聞こえた。


「だから、あたしと付き合って」


ずっと掴んでいた葵衣のシャツを離して、日菜ははっきりとした口調で告げた。

もう、わたしの方は一度も見ずに。


祈るような気持ちで葵衣の返事を待つ。

永遠にも感じられるほど長くて短い沈黙の後、葵衣は日菜に向かって一度、項垂れるように深く頷いた。


どうか、首を横に振る葵衣を見せて。

日菜にイエスと返事をする葵衣を見せないで。


両目を覆ってその場に崩れ落ちるわたしに駆け寄ってくれる人なんて、誰もいない。


さっきの沈黙の間に過ぎた時間とは比にならないほどの時が過ぎて、いつの間にか日菜と葵衣の気配は消えていた。

しばらくして、エレベーターのドアが開く音とともに、花奏、とわたしを呼んだのは、日菜を好きで日菜が好きな、幼馴染みの声だった。


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