いつか、きみの空を。
明け方、物音に過敏に反応して目が覚めた。
眠る前から、葵衣がいつ帰ってくるかわからない状態だという緊張感で気張っていた甲斐があったものだ。
熟睡は出来ないだろうけれど、しないようにとの保険のつもりで、床に座ったままベッドに上半身だけを伏す形で眠っていたから、身体のあちこちが痛む。
ふあ、と欠伸を零したところで、近付いてくる足音を聞いてなぜか冷や汗が背中を伝う。
思考よりも先に身体が察したらしい。
この部屋に葵衣が入ってきたらどうするのだと。
「……やばい」
声を出すのがどれほど危険なことなのかをわかっていながら、小声で言わずにはいられなかった。
身を隠す間もなく、部屋の前で足音が止まる。
苦し紛れに布団の中へ潜り込んだけれど、一向にドアが開く気配はなく、聞こえてきたのはシャワーの音。
部屋には来ずに直接浴室に向かったらしい。
この隙に、と乱れたシーツを整え、物音を立てないように自室へ戻る。
「ん……?」
わたしの部屋のドアが僅かに開いていた。
開いているといっても、しっかりとドアは収まっていて、けれどドアノブを回さなくても押せば開く状態だということ。
そういえば、閉じ切らずに出てきたような気もするけれど、シャワーのあとから部屋には戻らずに葵衣の部屋へ向かったから覚えているわけがない。
あまり疑問には思わずに部屋に入り、ポケットを膨らませていたティッシュをゴミ箱に放る。
すん、と着ている服の襟を持ち上げてにおいを吸い込むけれど、葵衣のものは移っていない。
たったの一夜、それも数時間葵衣の過ごす場所にいたくらいで香りが移るわけがないのだけれど。
俯いた横顔に流れた髪から、ほんのりと葵衣のにおいがして、胸が締め付けられるような切なさを感じた。
この腕に葵衣を抱き締めたい。
葵衣のにおいが一番強いものを持っていたい。
ものの数分でシャワーを終えたらしい葵衣が隣の部屋に入っていく音が聞こえた。
さっきまでわたしがいたベッドに横になる葵衣の姿を想像すると、また少し切なさが込み上げる。
自分ではわからないわたしの香りがシーツに移っていたのなら、葵衣は薄ぼんやりと明るい室内で、眠れない朝を過ごすのだろうか。
わたしと、同じように。
六月終わりの朝はまだ冷え込む。
使い古して薄くなってはいるけれど、良い香りのする布団に潜り込んで目を閉じる。
忘れかけていた右手の甲の痛みが眠気を飛ばしてしまう前に眠ってしまおうと思ったけれど、物音ひとつしない隣の部屋で同じように布団にくるまっているであろう葵衣を頭の片隅に描いてしまえば、もう眠気は手の届かないところへ行ってしまっていた。