いつか、きみの空を。


一クラス三十人、二人一組の日直はすぐにやってくる。


号令と黒板消しと行事予定の書き換えに加えて、今回は日誌まで橋田くんがやってくれた。

というわけではなく、以前のように放課後になって渡された日誌を黙々と書いていくわたしの正面に橋田くんが座っている。


いるだけなら帰っていいよ、と言ったのだけれど、わたしを待つと言って聞かない。

朝から日誌を渡してくれていたら、放課後にまとめて書く必要なんてないのに相変わらずな橋田くんと、また何も言わずに一日を過ごしてしまった自分に対して、いい加減学習しろと言いたい。


さっきからペン先を見ているならまだしもわたしの顔をじいっと見ている橋田くんを無視することにも慣れてきた。

いちいち突っかかる暇があるのならさっさと書いて帰りたい。

今日も最後の授業が終わる頃になって雨が降り始めていた。


「真野さんは傘持ってきた?」


「うん。予報も雨だったし」


「俺、忘れたんだよね。途中まで一緒に入れてくれないかな」


途中までもなにも、わたしは徒歩圏内。

橋田くんは電車通学だと聞いた。

前ほどの大雨ではないし、傘を橋田くんに貸してわたしは家まで走ってもいい。


それに、今日の傘は紺色ではなくパステルカラーだ。


「今日は葵衣の傘じゃないから……」


「葵衣って、お兄さん?」


「そう。今日持ってる傘だと小さいから、橋田くんが使っていいよ。わたしは走れば五分もかからないし」


葵衣が兄だと、どうしてわかるのだろう。

ああ、そういえば、日菜が葵衣の名前を口にしていた気がする。

わたしが下の名前で呼ぶのは葵衣と慶くらいだから、以前の会話を覚えていたのなら不思議ではない。


話しながら書き終えた日誌を閉じて、荷物をまとめて立ち上がる。


「橋田くん、行こう」


昇降口と職員室は直線上にあるから、途中までは一緒に行ける。

ひとりで先に行ってしまってもいいけれど、今まで付き合ってくれていたのに置いて行くのも悪いかと思い声をかけたのに、橋田くんは立とうとしない。


「真野さん」


わたしに向けて発せられたわけではないから、橋田くんの声はくぐもって聞こえた。

日誌の上に置いたわたしの手に、橋田くんの手が重なる。


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