いつか、きみの空を。
葵衣が本当にいるのかどうかを確認する必要がないことは、玄関の二箇所を見ればわかる。
雨は降り続いているのに傘立てに置かれた紺色の傘。
爪先を下向けて立てかけられた、新聞紙を詰めた靴。
朝からバイトがあるのなら、夜のうちに靴を乾かしてしまっているはずだから、夕方から出かける可能性はまだあるけれど、昼過ぎまでは家にいるだろう。
看病を頼みたいわけではない。
身の回りの世話だとか、食事の用意をしてほしいとは微塵も思っていない。
わたしがトイレやリビングに行くタイミングで顔を合わせずにいてくれたのならそれでいい。
昔から何かと間が悪い葵衣のことだから、今このときにも、狙ったように部屋から出てくるかもしれない。
足音で起こしてしまって自分から起因を作ることだけはないように、立てる物音を最小限にしてリビングに入り、調理せずに食べられるものと水、常備薬を丸ごと抱えて部屋に戻る。
物音を潜めていると自分の呼吸の音がやたらと耳について、息を止めていたせいでベッドに倒れ込む頃には酸欠状態。
汗を吸った衣服が体温を奪うから、着替えなければいけない。
錠剤を三粒飲み込むことはそんなに難しいことではない。
どちらも済ませて布団に潜った方が良いと頭ではわかっているし、行動する気力もまだあるけれど、身体がついていかない。
腕を持ち上げるのも、指先を動かすのも億劫で、もし自分のそばに放ったペットボトルの蓋が開いて水が溢れ出したとしても、ぼうっと眺めてしまうだろう。
ガンガンと頭の内側から殴打されているような強い頭痛は、目を瞑っていると余計に響く。
低く呻きながら、体勢を横向きにしただけで身体の力が抜けた。