いつか、きみの空を。
「あたしはどうしても、真っ向から花奏の恋を応援出来ない。だけど、花奏が自分のことだけじゃなくて、あたしや慶を巻き込むことに躊躇して道を変えてしまうのは、違うと思う。だから、ね。大丈夫。巻き込んでも、傷付けても。あたし達は花奏が思ってるよりずっと強いんだから。あたしと慶で、花奏と葵衣を受け止めることだって出来るんだよ」
日菜と慶が、わたしの思うよりずっと、わたしよりもずっと、強いことは知っていた。
だからこそ、触れたくなかったし触れさせたくなかった。
こんな、わたしの半端な弱さに傷付いていい存在ではないと思えるほど、大切な人達だから。
四方八方、どこを向いても明るい未来が見つからないのに、道連れにはしたくない。
葵衣も日菜も慶も、いつだってわたしの一歩先を行くんだ。
いつだって、わたしの手を引いてくれる。
けれど、わたしはいつも、その手を振り払いたい。
人を巻き込んでまで、抱えていたい想いじゃない。
ただ、手放す場所と時期を見過ごしてしまっただけ。
わたしには出来ないことを託すのが、きっと最善。
「葵衣のこと、連れて行って」
「なにそれ……どういうこと?」
「わたしの手が届かないくらい、遠くに。葵衣を連れて行って。逃がして、あげて」
「待って、花奏、誤解してる。葵衣は自分から帰ってきたんだよ。慶の家にいたのは本当だけど、帰るって言い出したのは葵衣なんだから。嫌々なわけないでしょ」
誤解をしているのは日菜の方だ。
日菜は知らないのだろう。
葵衣がわたしに抱く感情が、日菜の嫌悪したそれと同じであることを。
そして葵衣の想いをわたしがもう知っていることを。
そばにいたらわたし達は、決意も未来も蔑ろにして、心の代わりに壊してしまえるほど、脆く根強い想いを伝えてしまう。
だから、わたしと葵衣の間にいてほしい。
決して、この手が葵衣に触れないように。
「言ってることがめちゃくちゃなんだよ、花奏……本当に思ってることは、ひとつしかないでしょ。それを叶えようよ。葵衣、呼んでくるから、ね?」
「いやだ」
拗ねた子どものような声で、下ろした髪を揺らしながら首を横に振る。
動きを止めたら、日菜の言葉に頷いてしまう。
頑なに、意地だけで首を横に振り続けた。
「いやなの……」
ずっと、本当は心のどこかでわかってた。
葵衣と “ 双子 ” であることにこだわっているのはわたしだってこと。
結ばれてはいけない理由が明確ではないから、結ばれない理由を探そうとした。
「葵衣なんか、いらない」
葵衣だけがいてくれたらよかった。
葵衣だけがいなければよかった。
その意味は、どちらも同じ。
はっきり言い切るのと同時に届かなかった部屋のドアが廊下側から開かれた。
「葵衣…… 聞いてたの?」
振り仰いだ日菜が見開いた目に、葵衣の影が一瞬だけ見えた。
縋るように日菜に掴まれていた手を、葵衣が攫う。
「花奏」
その響きが、愛おしく思えたのは、葵衣が何度も呼ぶからだろう。
何度だって聞いていたいけれど、これが最後であればいいと願う。
「俺をいらないって、本気で思ってるなら今すぐここから出て行く。でも、ほんの少しでも嘘が混じってるなら、今ここで言って」
本音は全部、あの冷たい夜に話したことがすべて。
惑わせて、困らせて、疑わせて、ごめんね。
頷かなきゃいけないってわかってるのに、繋がれた手に籠る力が、嘘を重ねさせてはくれなかった。
葵衣だけが、好き。
これから先も、葵衣だけを好きでいたい。
「言って、花奏」
けれど、葵衣はそれを、言わないで。