無愛想な仮面の下
「コーヒーを淹れようか」と言われ、誤魔化された気分だった。
 追求したかったのに、気が抜けたせいか自分のお腹の虫が騒いで今度は私が恥ずかしい思いをする番だった。

 クククッと佐久間さんに笑われたけど、場が和んだから良しと思おう。
 そう思わなきゃやってられない。

 自炊しない佐久間さんの家には調理器具も何もかもが無く、外に食べに行くことになった。

 家ではコーヒー……それもノンカフェインのだけってストイックというか、なんというか。

 横目で観察しながら佐久間さんのこと、何も知らないんだなぁと改めて思った。

 降り続いている雨が傘に落ちる雨音のお陰で何も話さない無言の時間も苦にはならなかった。

 遅い時間のお洒落居酒屋は半個室のカップル席に通された。
 カウンターに座ったことはあるけれどベンチシートのような狭い距離感に少しだけ緊張する。

「で、あんたは何しに来たわけ?」

 隣の佐久間さんが頬づえをついてこちらを見て、私の髪の毛を指先で弄び始めた。
 台詞とは正反対な甘い声と甘い雰囲気に飲み込まれてしまいそうだ。

「それは……えっと、なんでしょう。」

 色気にあてられないように目をそらさなきゃいけないのに、そらせない。

 佐久間さんはといえば、長い指先でからめとった髪を自分の方に引き寄せて髪にキスをした。
 その仕草が……今日はまだモジャ寄りの見た目なのに、色気が半端ない。

 なんだか狡いよ。
 前もさっきも、あんなに冷たかったのに。

「聞きたいんだろ?
 俺が汚い格好してる理由とか、前にマンションで会った女のこととか。」

 こちらに目だけ向けた佐久間さんの真剣な眼差しに胸が痛くなった。
 急に確信をつくようなことを言われて些か緊張する。

「話したくないならいいんです。
 でも……だからってそれを理由に拒否されると寂しいです。」

 髪を弄んでいた指先が頬に触れた。
 そっと撫でると頭の方に手を回して、引き寄せられた。

 そのまま柔らかく唇と唇が触れた。

「今はキスしたいからはなしたくない。」

 話したくない?
 離したくない?

 2つの漢字が浮かんでそれはどちらも当てはまっていた。

 話してくれないし、離してくれない。

 何度も重ねて愛を確認し合うみたいに。
 甘くて優しくてそれはとろけてしまうみたいな………。

「はい。お待たせしました。
 刺身の盛り合わせになりまーす。」

 う………。

 店員さんも慣れてるのか動じることとなく、注文した料理を置いていった。
 こっちは顔から火が出るほどに恥ずかしい。

 体を離そうと試みてみても、結局また引き戻された。

「もう少しだけ。」

 甘い囁きは私を従順にさせるのに十分だった。
 







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