女探偵アマネの事件簿(下)
二人の出会い
これは、アマネとウィルが出会った頃のお話。
「待てよ。ウィリアム?!」
「世話になったな。次の仕事見つけたから、じゃ」
「おい―」
自分を引き留める同僚の声を無視し、ウィルは町を走る。
(料理人もガラス職人も、やっぱ俺には合わねーな)
何をやっても楽しくない。何でもできるが、逆に言えば飛び抜けた才能は無いということだ。
(おまけに、何が気に入らないんだか。料理長は俺を目の敵にしてたみたいだし)
あれこれ、あること無いことでいちゃもんを付けられることにも、いい加減限界だった。
料理人見習いを二十歳になる少し前に止め、その後は色々と日雇いの仕事をしていた。
(次は確か、配達の仕事だよな。てか、誕生日もろくに祝わず、こうして働きづめってのもどうかと思うと言われそうだな)
ウィルは今日二十歳になったばかりで、まだまだ若いと言えるだろう。
普通の若者のように、誕生日を祝ってくれる人間も一緒に遊ぶ友達もいない。
挨拶を交わす程度の知り合いならいるが、親しく付き合う気はなかった。
騙されるのが怖いという気持ちが、この頃はまだ根付いていたのだ。
「ウィリアムだな?」
「はい」
「悪いが、この荷物をあるパーティー会場に運んでくれ。ああ、金は先に払っておく」
ウィルに金の入った袋を渡すと、ウィルの腕を掴んで、男は低い声で呟いた。
「言っておくが、仕事を放棄して逃げ出すなよ」
「……分かってます」
どうやら、前に前金を持ち逃げされたことがあるらしいが、頭から疑われるのは正直気分が悪かった。
だが、雇われているのは事実だ。ここで文句を言っても仕方がない。
(どうせ、今日だけだしな)
ウィルは男から少し重みのある箱を受け取ると、歩いてパーティー会場に向かう。
場所はウエスト・エンドのメイフェア地区。主に貴族の家が多い。
その貴族の家の一つで、ダンスパーティーがあるらしく、ウィルが運んでいるのはパーティーで使われる果物だ。
ようやく会場に着くと、ウィルは裏口から厨房へ入る。
「あの、お届け物です」
「……やっとか!早くそこに置け!!」
随分と気が荒そうだなと思いながら、ウィルは大人しく近くのテーブルに箱を置く。
(これで、仕事は終わりか)
他の仕事をやる時間が出来たと思い、早速次の仕事を探しに行こうと、裏口の扉に手をかける。
ドアノブを回そうとしたら、突然首根っこを掴まれ、後ろによろけた。
「うわっ―何するんですか!」
ギリギリのところで何とか踏ん張り、ウィルは自分を引っ張った男を振り返る。
首が締まって、危うく窒息するところだった。だが、そんなウィルの不満そうな顔に、男は馬鹿にしたように鼻で笑う。
「ふんっ。どうせお前、この後暇だろ。だったらちょっとホールを手伝え」
男は完全にウィルを下に見ていた。と言うのも、ウィルの服装はボロボロで、白かったであろうシャツは灰色に染り、ズボンは擦りきれていて、靴にも穴が空いていた。
貧乏人と罵る対象にはもってこいだったのだろう。ついでに言うなら、うっぷん晴らしに使おうと言うことだ。
だが、ウィルの方はあからさまな男の態度に、嫌悪感を持つ。
「……遠慮します」
(たくっ。貴族の料理人ってのは、こんなんばっかかよ)
前に自分がいた所の料理長や数名の同僚も大概だったが、この男も同じぐらい最悪だなと、心の中で悪態を吐く。
「ちゃんと金は出してやるよ。人手が足りないんだ。お前みたいなのでも使えるだろ」
(……ムカつくけど、まぁいいや)
自分を育てた老人よりいい人など、存在しないとウィルは思っている。だから、金さえ貰えるなら引き受けても良いかと思った。
どうせ、今日限りなのだ。
配達を頼んだ男は、荷物を届けたら報告に来いと言っていたが、目の前のこの男の方が面倒くささは上だろう。
こっちを優先しておくかと思うと、ウィルは大人しく男に頭を下げる。
「……分かりました。何をすればいいですか?」
「ダンスホールの客にワインを注いでこい」
(お客様じゃなくて、客ね……)
接客には向いてないなと、ウィルは半目で男を見てから、すぐに愛想笑いを浮かべて頷く。
(ま、どうせ笑い者にでもするんだろうな。俺みたいに薄汚れた奴から、ワインを注いで欲しいって人いないだろうし)
ウィルはどこか冷めた目で、ダンスホールの入り口を見ていた。
「待てよ。ウィリアム?!」
「世話になったな。次の仕事見つけたから、じゃ」
「おい―」
自分を引き留める同僚の声を無視し、ウィルは町を走る。
(料理人もガラス職人も、やっぱ俺には合わねーな)
何をやっても楽しくない。何でもできるが、逆に言えば飛び抜けた才能は無いということだ。
(おまけに、何が気に入らないんだか。料理長は俺を目の敵にしてたみたいだし)
あれこれ、あること無いことでいちゃもんを付けられることにも、いい加減限界だった。
料理人見習いを二十歳になる少し前に止め、その後は色々と日雇いの仕事をしていた。
(次は確か、配達の仕事だよな。てか、誕生日もろくに祝わず、こうして働きづめってのもどうかと思うと言われそうだな)
ウィルは今日二十歳になったばかりで、まだまだ若いと言えるだろう。
普通の若者のように、誕生日を祝ってくれる人間も一緒に遊ぶ友達もいない。
挨拶を交わす程度の知り合いならいるが、親しく付き合う気はなかった。
騙されるのが怖いという気持ちが、この頃はまだ根付いていたのだ。
「ウィリアムだな?」
「はい」
「悪いが、この荷物をあるパーティー会場に運んでくれ。ああ、金は先に払っておく」
ウィルに金の入った袋を渡すと、ウィルの腕を掴んで、男は低い声で呟いた。
「言っておくが、仕事を放棄して逃げ出すなよ」
「……分かってます」
どうやら、前に前金を持ち逃げされたことがあるらしいが、頭から疑われるのは正直気分が悪かった。
だが、雇われているのは事実だ。ここで文句を言っても仕方がない。
(どうせ、今日だけだしな)
ウィルは男から少し重みのある箱を受け取ると、歩いてパーティー会場に向かう。
場所はウエスト・エンドのメイフェア地区。主に貴族の家が多い。
その貴族の家の一つで、ダンスパーティーがあるらしく、ウィルが運んでいるのはパーティーで使われる果物だ。
ようやく会場に着くと、ウィルは裏口から厨房へ入る。
「あの、お届け物です」
「……やっとか!早くそこに置け!!」
随分と気が荒そうだなと思いながら、ウィルは大人しく近くのテーブルに箱を置く。
(これで、仕事は終わりか)
他の仕事をやる時間が出来たと思い、早速次の仕事を探しに行こうと、裏口の扉に手をかける。
ドアノブを回そうとしたら、突然首根っこを掴まれ、後ろによろけた。
「うわっ―何するんですか!」
ギリギリのところで何とか踏ん張り、ウィルは自分を引っ張った男を振り返る。
首が締まって、危うく窒息するところだった。だが、そんなウィルの不満そうな顔に、男は馬鹿にしたように鼻で笑う。
「ふんっ。どうせお前、この後暇だろ。だったらちょっとホールを手伝え」
男は完全にウィルを下に見ていた。と言うのも、ウィルの服装はボロボロで、白かったであろうシャツは灰色に染り、ズボンは擦りきれていて、靴にも穴が空いていた。
貧乏人と罵る対象にはもってこいだったのだろう。ついでに言うなら、うっぷん晴らしに使おうと言うことだ。
だが、ウィルの方はあからさまな男の態度に、嫌悪感を持つ。
「……遠慮します」
(たくっ。貴族の料理人ってのは、こんなんばっかかよ)
前に自分がいた所の料理長や数名の同僚も大概だったが、この男も同じぐらい最悪だなと、心の中で悪態を吐く。
「ちゃんと金は出してやるよ。人手が足りないんだ。お前みたいなのでも使えるだろ」
(……ムカつくけど、まぁいいや)
自分を育てた老人よりいい人など、存在しないとウィルは思っている。だから、金さえ貰えるなら引き受けても良いかと思った。
どうせ、今日限りなのだ。
配達を頼んだ男は、荷物を届けたら報告に来いと言っていたが、目の前のこの男の方が面倒くささは上だろう。
こっちを優先しておくかと思うと、ウィルは大人しく男に頭を下げる。
「……分かりました。何をすればいいですか?」
「ダンスホールの客にワインを注いでこい」
(お客様じゃなくて、客ね……)
接客には向いてないなと、ウィルは半目で男を見てから、すぐに愛想笑いを浮かべて頷く。
(ま、どうせ笑い者にでもするんだろうな。俺みたいに薄汚れた奴から、ワインを注いで欲しいって人いないだろうし)
ウィルはどこか冷めた目で、ダンスホールの入り口を見ていた。
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