女探偵アマネの事件簿(下)
(渡さないわ……だって彼は運命の人なんだもの。私に微笑んでくれた人なんだもの)

たまたまぶつかり、転けそうになった自分を抱き止め、優しく笑った彼の顔が、今も脳裏に焼き付く。

彼の笑顔も、彼も自分のもの。これは運命なのだ。決まっていたのだ。

(私が今まで辛い思いをしてきたのは、彼に巡りあって幸せになるためだったのよ)

友人に騙され、借金を背負い、返済するためにひたすら働いていた。

恋に現を抜かす暇もなく。

(……なのに、あの女)

冷静な態度を崩さず、興味がないと言った瞳をしていた日本人を思い出すと、腸が煮えかえりそうだ。

(……アマネ。ふっ、変な名前。あの人には不釣り合いね)

彼女は彼の居場所を知っている。そう思ったからわざわざ依頼したのだ。

けれども、見付かるだろうか?彼女は知っていて隠すかも知れないのだ。

(ちゃんと、見張らなきゃね)

運命の人と巡り会うために、利用できるものは利用させてもらう。それが、彼女のやり方。

(ああ。もしあの人を見つけたら、あの女には罰を受けてもらわなきゃ。あの人に抱き締められて良いのは私だけ)

彼女の異常なほどの執着に、彼女自身が気付いていない。

(……愛してるわ。ジル)


(……うーん、何か寒気がするな~)

ロンドンのベーカー街で、紅茶を飲みながら優雅に新聞を広げていたフランツは、突然背中からざわざわと沸き上がる何かに、体を震わせた。

気温はとても高いというのに、何故寒気がしたのだろうかとは思うが、今は何より優先すべきことがある。

(さて……彼女の心を手に入れるには)

考えてから、ふと思い付いたように指を弾く。

(デートに誘うのが一番だね!)


「…………」

「どうした?」

バサッと本を落としたアマネを、ウィルは訝しげに見る。

「いえ……何でも無いです」

アマネは本を拾うと、首を振る。

(……今何か、悪寒のようなものが……)

何故か嫌な予感がし、アマネは心の中でため息を吐いた。

それにしてもと、アマネは女性を思い出す。彼女は何故自分に敵意を向けているのだろうか?

だが、考えたところで答えは出ないだろうと思い直すと、ホワイト・チャペル地区の周辺の地図を取り出す。

特に期限を指定されている訳ではないが、早めに探す方が良いだろう。

だが、今すぐ探しに行くにはもう遅く、アマネは明日例の男性を探すことにした。

(何事もなければ良いですけど)

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