女探偵アマネの事件簿(下)
「………」
見知らぬ所に、アマネは転がされていた。
古びた玩具がそこら辺に転がり、木で出来た箱が積まれている。正面にはドアがあるが、両手両足を縛られ、身動きが出来ない。
懐が軽いので、拳銃も取り上げられたらしい。
(……ここは、どこかの倉庫でしょうか?)
埃っぽい匂いが辺りに充満していて、アマネは眉をひそめる。
(……油断しました)
怪しい人の怪しい取引現場を見ていた訳でもないのに、アマネは背後から殴られ、気を失った。
だが、前回フランツに一撃もらった時より気絶時間が長かったので、殴った人間の顔を見ていない。
(ドアから差し込む光から、今は夕方だと分かりますが……)
窓の無い狭い部屋の中、身動きが出来なければ逃げ出せない。
(こんなことなら、関節を外す方法も教わっとくんでした)
アマネがそんな風に思っていると、ギギッと鈍く耳にきそうな音が響き、ドアが開く。
「あら?もうお目覚め?」
「……貴女は」
依頼人の女性はにっこりと笑みを張り付けている。が、目は笑っていない。
「先程、後ろから殴ったのは貴女ですか?」
「ええ。それにしても貴女軽いわね。人間一人分なのに、運ぶのにそんなに苦労しなかったわ。ま、ここが近かったのもあるけど……そんなことより」
女性はアマネの側まで寄ると、屈んで睨む。
「ねぇ?貴方とあの人はどんな関係なの?どうしてあの人と一緒にいたの?どうして、私からあの人を奪おうとするの?」
狂気を隠す気もなくさらけ出した女性を、アマネは変わらず無表情で見上げる。
「貴女が彼をどう思おうと、それは貴女の自由です。けれども、貴女の思い込みに巻き込まれるのは遠慮したいのですが。私と彼は貴女が思っているような関係ではありませんし」
少なくとも、恋人同士などではない。だが、そんな話など、女性にはどうでも良いのだ。
恋人でなくても、例え知り合い程度の仲でも、彼の側に、自分以外の誰かがいるのが許せないのだ。
「安心して?これはちょっとした罰だから。下手に危害を加えたりしないわ」
女性はアマネの言葉など聞いていないように、またニコッと笑みを浮かべる。
「……罰?」
疑念のこもった視線をアマネが送ると、女性はポケットから写真を取り出す。
「私の彼に、貴女は抱きついたんですもの。罰は必要でしょう?」
(……正確には、私が抱き締められているのですが)
写真には、どう見てもフランツが腕を回してるようにしか見えない。
だが女性の中では、真実は刷り変わっているらしい。
「だからね。これは、その罰なの」
正直アマネは、訳が分からないと思った。
「明日の朝まで、ここで反省してて頂戴。ああ、お手洗いとお風呂、それから食事は我慢してね」
クスッと笑うと、踵を返してドアを開ける。
「じゃあね」
「待っ―」
アマネの言葉を聞かず、女性は乱暴にドアを閉めた。カチリと鍵の閉まる音がし、鍵をかけられたと分かると、アマネは少し焦る。
(夜になる前に、何とかここから出ないと……)
光が完全に閉ざされてしまう前に。
アマネは手をもそもそ動かすが、相当上手く縛られているのか、全く外れない。
(……早く……早くしないと……)
アマネは無力感と、押し寄せる恐怖から逃れるように、がむしゃらにもがく。
普段からウィルにゴリラ呼ばわりされているが、全く歯が立たない。
「くっ……ぅ……」
両足で、ドンと床を叩いた。
自分への苛立ちと、せりあがる恐怖。自分以外に誰もいない筈の部屋が、時々ギシギシと軋むような音をたて、アマネの肩が跳ねる。
幽霊を否定する気はないが、信じてる訳でもない。むしろ居るなら見てみたいと思うくらいには肝が据わっている。
だが、アマネには幽霊よりも怖いものが一つだけあった。
狭い所と、暗闇。この二つが揃った最悪の場所が、倉庫、または物置小屋。あるいは日本にある蔵だった。
一般的には、閉鎖恐怖症(へいしょきょうふしょう)とも呼ばれている。
(……嫌……です。……怖い……怖い!!)
時間と共に、差し込む光は弱まる。そして、暗闇が迫ってくると、アマネの鼓動が速くなり、額から汗が流れ落ちる。
『どうして言われたことができないの?!』
記憶の隅に追いやろうとしても、鮮明に思い出せる声に、アマネはギュッと目を閉じた。
(……ごめんなさい……ごめんなさい)
見えない相手に、アマネは謝り続けたのだった。
見知らぬ所に、アマネは転がされていた。
古びた玩具がそこら辺に転がり、木で出来た箱が積まれている。正面にはドアがあるが、両手両足を縛られ、身動きが出来ない。
懐が軽いので、拳銃も取り上げられたらしい。
(……ここは、どこかの倉庫でしょうか?)
埃っぽい匂いが辺りに充満していて、アマネは眉をひそめる。
(……油断しました)
怪しい人の怪しい取引現場を見ていた訳でもないのに、アマネは背後から殴られ、気を失った。
だが、前回フランツに一撃もらった時より気絶時間が長かったので、殴った人間の顔を見ていない。
(ドアから差し込む光から、今は夕方だと分かりますが……)
窓の無い狭い部屋の中、身動きが出来なければ逃げ出せない。
(こんなことなら、関節を外す方法も教わっとくんでした)
アマネがそんな風に思っていると、ギギッと鈍く耳にきそうな音が響き、ドアが開く。
「あら?もうお目覚め?」
「……貴女は」
依頼人の女性はにっこりと笑みを張り付けている。が、目は笑っていない。
「先程、後ろから殴ったのは貴女ですか?」
「ええ。それにしても貴女軽いわね。人間一人分なのに、運ぶのにそんなに苦労しなかったわ。ま、ここが近かったのもあるけど……そんなことより」
女性はアマネの側まで寄ると、屈んで睨む。
「ねぇ?貴方とあの人はどんな関係なの?どうしてあの人と一緒にいたの?どうして、私からあの人を奪おうとするの?」
狂気を隠す気もなくさらけ出した女性を、アマネは変わらず無表情で見上げる。
「貴女が彼をどう思おうと、それは貴女の自由です。けれども、貴女の思い込みに巻き込まれるのは遠慮したいのですが。私と彼は貴女が思っているような関係ではありませんし」
少なくとも、恋人同士などではない。だが、そんな話など、女性にはどうでも良いのだ。
恋人でなくても、例え知り合い程度の仲でも、彼の側に、自分以外の誰かがいるのが許せないのだ。
「安心して?これはちょっとした罰だから。下手に危害を加えたりしないわ」
女性はアマネの言葉など聞いていないように、またニコッと笑みを浮かべる。
「……罰?」
疑念のこもった視線をアマネが送ると、女性はポケットから写真を取り出す。
「私の彼に、貴女は抱きついたんですもの。罰は必要でしょう?」
(……正確には、私が抱き締められているのですが)
写真には、どう見てもフランツが腕を回してるようにしか見えない。
だが女性の中では、真実は刷り変わっているらしい。
「だからね。これは、その罰なの」
正直アマネは、訳が分からないと思った。
「明日の朝まで、ここで反省してて頂戴。ああ、お手洗いとお風呂、それから食事は我慢してね」
クスッと笑うと、踵を返してドアを開ける。
「じゃあね」
「待っ―」
アマネの言葉を聞かず、女性は乱暴にドアを閉めた。カチリと鍵の閉まる音がし、鍵をかけられたと分かると、アマネは少し焦る。
(夜になる前に、何とかここから出ないと……)
光が完全に閉ざされてしまう前に。
アマネは手をもそもそ動かすが、相当上手く縛られているのか、全く外れない。
(……早く……早くしないと……)
アマネは無力感と、押し寄せる恐怖から逃れるように、がむしゃらにもがく。
普段からウィルにゴリラ呼ばわりされているが、全く歯が立たない。
「くっ……ぅ……」
両足で、ドンと床を叩いた。
自分への苛立ちと、せりあがる恐怖。自分以外に誰もいない筈の部屋が、時々ギシギシと軋むような音をたて、アマネの肩が跳ねる。
幽霊を否定する気はないが、信じてる訳でもない。むしろ居るなら見てみたいと思うくらいには肝が据わっている。
だが、アマネには幽霊よりも怖いものが一つだけあった。
狭い所と、暗闇。この二つが揃った最悪の場所が、倉庫、または物置小屋。あるいは日本にある蔵だった。
一般的には、閉鎖恐怖症(へいしょきょうふしょう)とも呼ばれている。
(……嫌……です。……怖い……怖い!!)
時間と共に、差し込む光は弱まる。そして、暗闇が迫ってくると、アマネの鼓動が速くなり、額から汗が流れ落ちる。
『どうして言われたことができないの?!』
記憶の隅に追いやろうとしても、鮮明に思い出せる声に、アマネはギュッと目を閉じた。
(……ごめんなさい……ごめんなさい)
見えない相手に、アマネは謝り続けたのだった。