女探偵アマネの事件簿(下)
囚われの王子様
ウィルがアマネにキスをしてから、アマネはウィルと視線を交わさず、会話もろくにしない。
あからさまに避けていると言えるだろう。
コーヒーにも手を付けず、変な料理も作らない。けれども、依頼だけはちゃんとこなすし、ウィルにも役割を与える。
だが、二人の間にはあからさまに距離があった。
アマネの側に居づらくなったウィルは、ハイド・パーク公園に来ていた。
公園で一番小さい木に背を預け座り込む。
(……結構しんどいな)
原因は完全に自分だと思うウィルは、頭を抱えて落ち込む。
(はぁ……無視はされてないけど、明らかに壁を作られてる気がする。…………てか、俺がアマネのことをどう思ってるかもバレたよな)
むしろバレない方がおかしいだろうと思う。
「……助手、止めようかな」
「へー、それは好都合だね。いつでも止めていいよ」
「……………お前さ、ホントどっからでも湧いてくんのな」
もう慣れてしまったのか、背後から聞こえた声に、ウィルは振り向かない。
「で?僕が居なくなった後、彼女に何かやらかしたのかい?」
「…………」
「女性が嫌がることをするのは最低だよ。ウィリアム」
友人らしく諭すように言うフランツを、ウィルは睨むように振り返った。
「お前だって人のこと言えないだろ!!」
「何故?」
不思議そうに首を傾げるフランツに、ウィルは詰め寄る。
「何故って……お前アマネに!」
「キスしたから?」
「……」
悔し気に唇を噛みしめ、痛みを堪えるようにウィルは俯く。すると、フランツは肩をすくめた。
「……してないよ」
「……え……?」
「しようとはした。けれどね、出来なかったんだ。あんな顔されちゃあね」
あんな顔と言った時、フランツは悲しげに笑った。
「してないって……でもあいつ、口元押さえて座り込んで……」
「彼女は、他人から向けられる感情に無関心だった。それは、彼女が育った環境のせいもある。けれど」
フランツはそこで言葉を止めた。
(男性恐怖症ほど重症ではないけど、男というものを信じていないって感じはあった。君を除いて)
フランツは、最後に見たアマネの表情を思い出す。
吐息が混ざり合うほど近く、唇に触れる寸前。彼女の体は小さく震え、顔からは血の気が引いていた。
アマネが浮かべていた表情、彼女の中にあの時芽生えた感情。
(それは……恐怖だった)
「もしかしたら、僕の知らない彼女の過去があるのかもね。……ねぇ、ウィリアム?」
「……何だよ」
フランツは、ウィルの側によると、素早く溝内を殴った。
「!!おま……え……」
「彼女に、答えを出してもらおう。君か、僕かね」
不敵に笑うフランツの顔が歪み、ウィルの意識は途絶える。
(……アマネ……)
「……?」
誰かに呼ばれたような気がして、アマネは振り返る。けれども、振り返った先にあるのは、まだ飲んでいないコーヒーがポツンと置いてあるのが見えるだけ。
気のせいかと思い直し、コーヒーカップにそっと触れながら、自分の行動を振り返る。
(……私は……)
避けるようと思って避けていたのではなかった。けれども、ウィルがアマネに近寄る度、何気なく視線を交わす度、アマネの胸の奥から罪悪感と欲望の両方が混ざりあった感情が沸き上がる。
フランツの顔が近づいた時、アマネは昔味わった恐怖を思い出した。それが顔に出ていたのか、フランツは寸前で止め、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
『君は、彼が好きなんだね』
そう言ってから、フランツは後ろに目線を移した。
(フランツは、きっと随分前から気付いていたんでしょうね。私が私の心に謎をかけたことを)
解かないために気付かないふりをした。ウィルと一緒にいられる『今の関係』を望んでいた。
(……ウィルは、いつから私のことが好きだったんでしょう)
ウィルの気持ちは、ウィルにキスをされてから気付いた。
(私は……いい加減立ち向かうべきなんでしょうね)
自分の気持ちと、自分に向けられる気持ち、過去。すべてに立ち向かわなくてはならない。
あからさまに避けていると言えるだろう。
コーヒーにも手を付けず、変な料理も作らない。けれども、依頼だけはちゃんとこなすし、ウィルにも役割を与える。
だが、二人の間にはあからさまに距離があった。
アマネの側に居づらくなったウィルは、ハイド・パーク公園に来ていた。
公園で一番小さい木に背を預け座り込む。
(……結構しんどいな)
原因は完全に自分だと思うウィルは、頭を抱えて落ち込む。
(はぁ……無視はされてないけど、明らかに壁を作られてる気がする。…………てか、俺がアマネのことをどう思ってるかもバレたよな)
むしろバレない方がおかしいだろうと思う。
「……助手、止めようかな」
「へー、それは好都合だね。いつでも止めていいよ」
「……………お前さ、ホントどっからでも湧いてくんのな」
もう慣れてしまったのか、背後から聞こえた声に、ウィルは振り向かない。
「で?僕が居なくなった後、彼女に何かやらかしたのかい?」
「…………」
「女性が嫌がることをするのは最低だよ。ウィリアム」
友人らしく諭すように言うフランツを、ウィルは睨むように振り返った。
「お前だって人のこと言えないだろ!!」
「何故?」
不思議そうに首を傾げるフランツに、ウィルは詰め寄る。
「何故って……お前アマネに!」
「キスしたから?」
「……」
悔し気に唇を噛みしめ、痛みを堪えるようにウィルは俯く。すると、フランツは肩をすくめた。
「……してないよ」
「……え……?」
「しようとはした。けれどね、出来なかったんだ。あんな顔されちゃあね」
あんな顔と言った時、フランツは悲しげに笑った。
「してないって……でもあいつ、口元押さえて座り込んで……」
「彼女は、他人から向けられる感情に無関心だった。それは、彼女が育った環境のせいもある。けれど」
フランツはそこで言葉を止めた。
(男性恐怖症ほど重症ではないけど、男というものを信じていないって感じはあった。君を除いて)
フランツは、最後に見たアマネの表情を思い出す。
吐息が混ざり合うほど近く、唇に触れる寸前。彼女の体は小さく震え、顔からは血の気が引いていた。
アマネが浮かべていた表情、彼女の中にあの時芽生えた感情。
(それは……恐怖だった)
「もしかしたら、僕の知らない彼女の過去があるのかもね。……ねぇ、ウィリアム?」
「……何だよ」
フランツは、ウィルの側によると、素早く溝内を殴った。
「!!おま……え……」
「彼女に、答えを出してもらおう。君か、僕かね」
不敵に笑うフランツの顔が歪み、ウィルの意識は途絶える。
(……アマネ……)
「……?」
誰かに呼ばれたような気がして、アマネは振り返る。けれども、振り返った先にあるのは、まだ飲んでいないコーヒーがポツンと置いてあるのが見えるだけ。
気のせいかと思い直し、コーヒーカップにそっと触れながら、自分の行動を振り返る。
(……私は……)
避けるようと思って避けていたのではなかった。けれども、ウィルがアマネに近寄る度、何気なく視線を交わす度、アマネの胸の奥から罪悪感と欲望の両方が混ざりあった感情が沸き上がる。
フランツの顔が近づいた時、アマネは昔味わった恐怖を思い出した。それが顔に出ていたのか、フランツは寸前で止め、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
『君は、彼が好きなんだね』
そう言ってから、フランツは後ろに目線を移した。
(フランツは、きっと随分前から気付いていたんでしょうね。私が私の心に謎をかけたことを)
解かないために気付かないふりをした。ウィルと一緒にいられる『今の関係』を望んでいた。
(……ウィルは、いつから私のことが好きだったんでしょう)
ウィルの気持ちは、ウィルにキスをされてから気付いた。
(私は……いい加減立ち向かうべきなんでしょうね)
自分の気持ちと、自分に向けられる気持ち、過去。すべてに立ち向かわなくてはならない。