女探偵アマネの事件簿(下)
「姉上!」
十二才になった私は、習い事が終わると、弟と影送りをして遊ぶようになりました。
「ねぇ、姉上。父上は、僕が嫌いなの?」
「……お父様は、家を守ることで頭が一杯なんです。でも、秋博(あきひろ)はこの家の次期当主ですから、期待されているんです」
秋博は私同様、沢山の習い事や礼儀作法を教わっていましたが、勉学も習い事も苦手なようでした。
「姉上は凄いですね。何でも覚えられて!あ、そうだ。僕歌を作ったんですよ!」
秋博はその場で歌い始めましたが、お世辞にも上手とは言えませんでした。けれども、秋博が作った歌が、私は大好きでした。
他の人には疎まれ、罵られても、秋博だけは私の側に居てくれる。認めてくれる。
それだけで、私は外に出られなくても幸せでした。
ですが、私は早く自分の愚かさに気付くべきだったんです。
私は、弟より劣っていなくてはいけませんでした。弟の方が、男の方が優秀でなければいけませんでした。
弟の世界には、私しか居なかったのだと、早く気付くべきでした。
「やぁ、大きくなったな」
ある日、家に父の兄と名乗る男性がやってきました。
「君の叔父さんだ。初めまして」
「初めまして。叔父様」
私が正式な挨拶をすると、叔父は私の頭を撫でました。
温かい叔父の手に私は戸惑いましたが、叔父はただ優しく笑っているだけでした。
叔父は当主になる素質がないからと、父が当主に選ばれた後、追い出す形でイギリスに送られたそうです。
「お前が大きくなったら、イギリスに遊びに来てくれ。俺は医者をしてるからな、何かあったら力になろう」
叔父は私に笑いかけると、膝に乗せました。
叔父が家に入れたのはほんの四日間だけでしたが、私はとても叔父になつきました。
「天音は凄いな!イギリスの言葉も覚えたのか」
叔父からイギリス語やフランス語などを聞かされ、私はそれを覚えて復唱しました。
その度に、叔父はとても褒めてくれて、私は褒められるのが嬉しくて、知らないことを学べることが楽しくてしかたありませんでした。
それが、弟を追い詰めるきっかけになってしまったことにも気付かず。
「天音。お前にはこれをやろう」
叔父から私は、銀色のピアスを貰いました。叔父の付けていた物の片方で、住んでる国は違っても私と叔父は繋がっていると、絆の証だと渡されました。
まだ、付けることは出来ませんでしたが。
叔父がイギリスに帰ってしまってから、私は叔父とばかり一緒にいたことで、全く構ってあげられなかった秋博を思い出し、一緒に遊ぼうとしました。
けれども。
「秋博?どうしたんですか?」
「……姉上」
部屋から聞こえた声は、とても暗く、どこか苛立ちのようなものを含んでいました。
「何ですか?」
「姉上は、可哀想ですね。僕よりも優秀なのに、女である姉上が、男である僕よりも優れていて可哀想です。だって、いくら優秀でも姉上は誰にも愛されないんですから」
そんなことを言い出した弟に、私はどうすればいいか分かりませんでした。
「どうして、そんな―」
「あいつは父上に当主の座を押し付けたんですよ。だから、父上は家のことしか考えてないんです。僕達二人が父上に愛されなかったのは、当主の座を押し付けたあいつのせいですよ」
筋の通っていない話に、私は戸惑いながらも首を振りました。
「そんなことはありません!叔父様は、お父様の方が当主に相応しいからと譲ったんです。それに、叔父様を追い出すような真似をしたのは、お父様とお祖父様達なんですよ!」
「………さい」
「え?」
「うるさいです姉上。そんなに声を荒げないでください。みっともないですよ」
それはまるで、別人のように冷たい声でした。
「……もういいです。姉上にはあいつがいるのなら、僕は要らないでしょう?だったら僕も姉上なんていりません」
「あき……ひろ……」
「姉上なんて、いらない!」
その日から、私と秋博が会話を交わすことはありませんでした。
十二才になった私は、習い事が終わると、弟と影送りをして遊ぶようになりました。
「ねぇ、姉上。父上は、僕が嫌いなの?」
「……お父様は、家を守ることで頭が一杯なんです。でも、秋博(あきひろ)はこの家の次期当主ですから、期待されているんです」
秋博は私同様、沢山の習い事や礼儀作法を教わっていましたが、勉学も習い事も苦手なようでした。
「姉上は凄いですね。何でも覚えられて!あ、そうだ。僕歌を作ったんですよ!」
秋博はその場で歌い始めましたが、お世辞にも上手とは言えませんでした。けれども、秋博が作った歌が、私は大好きでした。
他の人には疎まれ、罵られても、秋博だけは私の側に居てくれる。認めてくれる。
それだけで、私は外に出られなくても幸せでした。
ですが、私は早く自分の愚かさに気付くべきだったんです。
私は、弟より劣っていなくてはいけませんでした。弟の方が、男の方が優秀でなければいけませんでした。
弟の世界には、私しか居なかったのだと、早く気付くべきでした。
「やぁ、大きくなったな」
ある日、家に父の兄と名乗る男性がやってきました。
「君の叔父さんだ。初めまして」
「初めまして。叔父様」
私が正式な挨拶をすると、叔父は私の頭を撫でました。
温かい叔父の手に私は戸惑いましたが、叔父はただ優しく笑っているだけでした。
叔父は当主になる素質がないからと、父が当主に選ばれた後、追い出す形でイギリスに送られたそうです。
「お前が大きくなったら、イギリスに遊びに来てくれ。俺は医者をしてるからな、何かあったら力になろう」
叔父は私に笑いかけると、膝に乗せました。
叔父が家に入れたのはほんの四日間だけでしたが、私はとても叔父になつきました。
「天音は凄いな!イギリスの言葉も覚えたのか」
叔父からイギリス語やフランス語などを聞かされ、私はそれを覚えて復唱しました。
その度に、叔父はとても褒めてくれて、私は褒められるのが嬉しくて、知らないことを学べることが楽しくてしかたありませんでした。
それが、弟を追い詰めるきっかけになってしまったことにも気付かず。
「天音。お前にはこれをやろう」
叔父から私は、銀色のピアスを貰いました。叔父の付けていた物の片方で、住んでる国は違っても私と叔父は繋がっていると、絆の証だと渡されました。
まだ、付けることは出来ませんでしたが。
叔父がイギリスに帰ってしまってから、私は叔父とばかり一緒にいたことで、全く構ってあげられなかった秋博を思い出し、一緒に遊ぼうとしました。
けれども。
「秋博?どうしたんですか?」
「……姉上」
部屋から聞こえた声は、とても暗く、どこか苛立ちのようなものを含んでいました。
「何ですか?」
「姉上は、可哀想ですね。僕よりも優秀なのに、女である姉上が、男である僕よりも優れていて可哀想です。だって、いくら優秀でも姉上は誰にも愛されないんですから」
そんなことを言い出した弟に、私はどうすればいいか分かりませんでした。
「どうして、そんな―」
「あいつは父上に当主の座を押し付けたんですよ。だから、父上は家のことしか考えてないんです。僕達二人が父上に愛されなかったのは、当主の座を押し付けたあいつのせいですよ」
筋の通っていない話に、私は戸惑いながらも首を振りました。
「そんなことはありません!叔父様は、お父様の方が当主に相応しいからと譲ったんです。それに、叔父様を追い出すような真似をしたのは、お父様とお祖父様達なんですよ!」
「………さい」
「え?」
「うるさいです姉上。そんなに声を荒げないでください。みっともないですよ」
それはまるで、別人のように冷たい声でした。
「……もういいです。姉上にはあいつがいるのなら、僕は要らないでしょう?だったら僕も姉上なんていりません」
「あき……ひろ……」
「姉上なんて、いらない!」
その日から、私と秋博が会話を交わすことはありませんでした。