女探偵アマネの事件簿(下)
十五才になった日に、私は母から縁談の話を聞きました。

勿論、最初から断ると言う選択肢は用意されてません。

相手の方と顔を合わせ、そのまま縁談が成立し、挙式まで待つと言う形になりました。

縁談相手の方は、私より一回りも離れている華族の方で、どことなく嫌な感じのする方でした。

ですが、この家に私の意見は通じません。秋博と私の間に距離が出来てから、秋博は父や母どうよう私を罵るようになりました。

けれども、その時の私の心はもう乾いていたのでしょう。罵られることも、無視されることも慣れてしまっていました。

ですが、まだ泣いたり怒ったりという感情は残っていたんです。

それすら失ってしまったのは、縁談が決まってから一週間後の雨の日でした。


蔵に物を取りに来た私は、奥の引き出しを漁っていました。ですが、突然後ろから口を塞がれ、床へと押し付けられました。

「!!」

「こんにちは。新しいおもちゃのお嬢ちゃん」

私の上にいたのは、縁談相手の男でした。

「いやぁ、最初にお前さん見た時から気に入ってよぉ。どうしても我慢できなくて来ちまった」

「……ぅぅ……んんー!!」

口をごつごつした手で塞がれ、私の抵抗の声は雨音と共に消えました。

「騒ぐんじゃねぇよ。……ま、騒いだとしても誰も来ねぇさ。何せお前さんは縁談という形で、俺に売られたんだからな。……いや、捨てられたと言うべきか」

「!」

男の言葉で、私は涙が溢れ首を激しく横に振りました。

「おいおい。自分でも分かってただろう?あんたは最初から『存在してない』って。安心しろよ、俺がたっぷり遊んでやるから」

男は私の着物の袂に手を伸ばしました。そして、同時に囁きます。

「泣いても怒っても、誰もお前なんか要らないんだよ。お前は生きてちゃいけねぇんだから」

「……………」

「安心しろ。すぐによくなる」

もう、私は抵抗しませんでした。男の言葉に、納得している自分がいたから。

(泣いても怒っても、私は存在できないのなら、何故感情など持っているのでしょう)

触れられる気持ち悪さも、裂けるような痛みも、私が私でなくなる感覚も、感情さえなければ怖くない。

(お人形のように無表情に、向けられる感情にも無関心になれば、私は……)

満足したのか、男は私をその辺に転がし、蔵から出ていきました。


それから、挙式を迎えるまであと僅かとなった時、私は吐き気や目眩で具合が悪くなっていました。

何となくですが、予感はしていました。

私は脈を計り、意識を集中さえ音を拾い、そして気づきました。私のとはまた少し違う、不協和音のように不規則な音が聞こえたことに。

私の中に、もう一つ命があることに。
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