残念な死神
1
どうしようか
どーすんのこれ...
ただいま幽体離脱中の小池藍人(こいけあいと)は、状況把握に急いでいた。
目の前には今まで元気に動いていたはずの自分の体。血が流れてしまっていることを除けば。
戻ろうとして手を伸ばすが、綺麗に通り抜けるし正しい戻り方なんて知らないし。
オロオロしておけば誰か助けてくれるんだろうか。
「あっれー。まだ死んでないのかぁ」
頭上から、今の藍人の状態で冗談として聞き過ごすにはまだはやい言葉が降ってくる。
降って?
そのまま目線を上にあげると、黒いスーツに羽根をつけた男がバッサバッサとその羽根を動かし、空中旋回していた。
この状況を言葉にして理解している自分が恐ろしい。
ふと、羽根男と目が合った。髪は茶色く瞳は黒い。言葉が通じることからも国籍は藍人と同じだと思う。
「固まってますねぇ〜わかります、わかりますよその気持ち」
なんだか勘にさわった。
「いでっ...いでででで!」
男が叫んで尻餅をつく。
藍人は知らぬ間に男の羽根をむんずと掴み引っ張っていた。無意識とは何と恐ろしい...
「何なんスか!?オレ何か悪いことしたンスかねぇ!?」
「勘にさわった」
「それはオレの生まれつきの性格であって治しようがないンスよ...」
トホホと嘘泣きする男を無視して、再度自分の体への帰還にチャレンジする。
そういえば、と思い出す。
自分の体には触れないのにコイツには触れられた?
手には羽根の感覚が残っていて、相変わらず体には触れられない。
目の前で嘘泣きをするこの男がオレが自分の体に戻るための鍵だとするならば。
「おい」
「...え、オレスか?まさかのおい!?こんな口悪いヤツ送るなんて聞いてないッスよ...」
「僕がこの体に戻るにはどうすればいい」
あーだこーだと口を動かすのに忙しい男に問いかける。
「教えてほしいことがあってその態度!?常人離れな行動も大概にしてほしいもンスね...」
手が先に出ようとするのを止める。
こういうところは自分で自分を尊敬する。
「あー...もう何も言わないッスよ...」
諦めた様子の羽根男は藍人から距離を取り身構えてから、質問の答えを口にした。
警戒しているようで面白い。
「無理ッスよ。あんた死にますからね、このまま。今息があるのはたまたま。そろそろ終わりますよ」
藍人はどこかで納得していた。
見るからにわかる大量出血、どんどんトーンダウンしていく肌の色、なんとなく体から離れていくような感覚。
これで生きていたら奇跡と呼ばれるものになるだろうに、藍人の体は奇跡を起こすまでは耐えられそうになかった。
「...で、どーするの」
生きようと足掻く自分の体を客観的に見つめながらもう諦めの言葉を紡ぐ自分。
ちぐはぐながらも、勝つのは今の藍人自身だとわかっている。
羽根男のいうことをそうやすやすと信じるわけではないが、今までの会話の中では1番真面目な顔で、少しさみしさすら感じるような表情を見せたから。
藍人は信じてやってもいいと思えた。
「最期を見届けるンじゃないッスか」
「めんどう」
「めんどうて、今までお世話になった本体じゃないッスか」
本体。その言い回しが藍人がもう生きていないことを強く意識させた。
「この体に未練はないよ」
「体に?ってことは他にあるんじゃないスか」
弱みを握ったとばかりにニヤニヤ笑う男に藍人はまた羽根を握ってやろうかと思ったが、思っただけでやめておいた。
それは、自分の体が運ばれはじめたからだった。
「お、意外に速かったッスね救急車。最近のこの国は善人多めってやつッスねぇ」
この国のことを誰よりも知ってる言いたげな羽根男。
自慢話をされる前に近くを離れる。
< 1 / 6 >