残念な死神
病院に運ばれた藍人の体はもう手遅れだった。
必死の心肺蘇生も無駄で、目を覚まさないということは藍人が1番理解していた。
さっきまでは頑張れば戻れると思っていたのに、もう無理だと悟る。
自分でもそれが何故なのかはわからない。
とにかく、無理なのだ。
「ですよねぇ〜」
悠々と羽根を動かし宙を浮く羽根男。
いったい天はこの男の何を見て死神にしたのだろう。
未練なく成仏できそうな人に対しても未練を起こさせかねない態度だ。
アンケート評価なるものがあったとしたらクレームくらいしか出てこないだろう。
羽根男は一旦無視して、近くにあった椅子に座る。
色々試してみた結果だが、物に触れること自体は可能だった。
だから椅子にも座れるし、壁にも寄りかかれる。
だが、動かすことは出来なかった。
物を持ったところで動かせない。つまりは字を書こうとしてもペンが持てないということだ。
なんだか面倒くさい。
でも納得はできた。動かせてしまったらその物は宙に浮いていることになる。
それは驚くだろう。
それが老人だったら尚更。
心肺停止レベルなのではないだろうか。
「で、ほんとーーにないンスか?未練は」
まるで未練が欲しいと言わんばかりにしつこく聞いてくる羽根男。
未練があれば叶えてやるとか?
そういうシステムだったりするのだろうか。
...それはないか。
あったとしても制限が多すぎて、叶えられることを探す方が苦労すると思う。
所詮は死者。
もう藍人は世界には存在していないのだ。
「未練なんか.....あ、」
言い切ろうと思った藍人の頭に少女の名前が浮かんだ。
忘れていた訳じゃない。結局藍人は、まだ自分の死を受け入れていなかったんだろうと思う。
僕がいなくなったら彼女は...
こちらを睨みつけて、でも最後には諦めて肩を下ろす。
そんな彼女の様子が瞼に焼きついている。
無理矢理に振り切る。
「もうどうせ死ぬ。未練なんかどうにもならないだろ」
そう。もう終わりなのだ。
「あっさりしすぎじゃないッスか?
未練なんて誰にでもありますよ...むしろない人はいないくらいに」
「.....」
「その目...オレのこと全く信用してないッスね」
「うん」
「うっわー傷ついた。傷つきましたよオレは。死神傷つけるのは大罪ッスからね?」
あーだこーだとうるさい羽根男の言葉に一つだけ、気になる単語があった。
言葉を文章にして頭に浮かべ、何が気になったのかを思い出す。
あぁ。
「あんた死神だったのか」
「...」
羽根男が固まって藍人を見ている。
試しに動いてみると、羽根男の視線はそこから動かず完全に固まっているようだった。
静かになったのならいい。
羽根男がまたうるさくならないように静かに椅子から立ち上がる。
「あの、」
「え」
「まじっすか」
羽根男は視線を動かさないまま、口を動かしてさほど驚いていないようなトーンで、自分が今驚いていることを伝えてきた。
ただ、その驚きが何に対してなのかはわからない。
「今更ッスか!?」
藍人は大体察して視線を外した。
「お迎えって言ったら死神じゃないッスか!!むしろそうじゃなかったら今までオレのことなんだと思ってたんすか!?」
変態。
「いや別になんとも」
「考えが手に取るようにわかりますよ!」
羽根男は必死に身振り手振りを駆使して、死神とはなんぞやとでも言いそうな藍人に、その役割を長々と話した。
その内容を覚えてはいない。
眠かったことは覚えている。
そして結論。
「僕も死神になろうかな」