moon~満ちる日舞う少女~【外伝】
真田「ただいま」
バイトが終わり、家に着いたのは11時。家に誰もいないとわかっていながらもそう口にするのは、小さい頃から母さんに言われてきたからだ。
『ただいまって言わないと、真田の場所がなくなるよ。……言葉って言うのはね、そういうものなの。家に自分はここにいるって、ここが自分の居場所だって知らせるの』
昔の母さんはもっとフワッとしていて、今よりも少しふっくらしてて、笑顔が綺麗な人だった。
リビングに置いてある写真にはそれが当たり前のようにある。
もちろん、親父の写真はない。俺が全部捨てたからだ。母さんを苦しめてひとりで楽になった奴と血が繋がってるだけで、吐き気がする。
真田「クソッ……」
そんな吐き気を抑えようとグラスにお茶を注ぎ口に含んだ。……そんな時……
ーピーンポーンー
……なんだ?
ーピンポンー
ーピンポンー
ーピンポンー
俺がドアのところまで来た時、やっと声がした。
「おーーい!!いるんだろ?!!…いい加減金を返してもらうぞ!!!!」
借金取りっ!!!
「でてこい!!」
ーガンっ!!!ー
出ていくか……?……いや、でも払える金なんてどこにもない。
「…出てこねぇならこっちにも考えがあんぞ!!!」
帰ってくれ…
「でてこい!!」
頼む。…帰ってくれ!
「ッチ」
帰っ……た……?
そう確信するとホッとして無意識に硬くしていた体の力が抜けた。
借金取りが怖かったとかそういうんじゃない。
ただ、今母さんが帰ってきたら。これを母さんが見たら。それが怖かった。
マザコンだとか言われてもいい。…けど、ずっと大事に育ててくれた母さんが傷つくのを見たくない。
ーガッシャァァァンッー
俺はさっきまでの飲みかけのお茶が入ったグラスを無意識のうちに割ってしまった。