dieっと


小塚さんは無理強いしなかった。


それじゃ、せめてこれだけでもと、水をくれた。


差し出された冷たい水が、喉を潤してくれる。


粘りついた嫌な膜のようなものが、少しだけ取れた気がしたけれど、席につく気にはならない。


「あの__」


由加里に呼びかけようとするも、言葉がつかえて出てこない。


完全に目の前の【肉】しか見えていないからだ。


完全に記憶がないのか?


極度の飢えが、そうさせたのだろうか?


由加里を【獣】にしてしまった。


人間と獣の間に引かれた線を、越えてしまったんだ。


踏んだんじゃない。


越えたんだ。


ただ踏んだだけなら、足を戻せばいい。


そうじゃない。


越えてしまったからもう、戻れない。


いや、声を掛け続けたらまた、こちら側に戻ることができるのだろうか?


私が諦めちゃいけないんじゃ?


でも__私自身が線を踏み外さないとは限らない。


こんな異常な状況下で___?


テーブルが静かになっていた。


食事が終わったのか、篤志は項垂れ、アキは椅子から転げ落ち、由加里はテーブルに突っ伏している。


「えっ、なに⁇」


そう口にした途端、世界が回った。


床に崩れ落ち、意識が遠のいていく__。




< 255 / 337 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop