クリティカルロマンス
私が戸惑っていると、青木さんはさらに畳みかけた。
モヤモヤした気持ちを吹き飛ばすだけ。
ほんのちょっと息抜きするだけ。
警戒心を解かれる笑顔に誘われるまま、私は助手席のドアに手をかけた。
海を見に行くだけ。そこに特別な意味はないから。
少しの間だけ不安の種から遠ざかりたい気持ちになっただけ。
戻ってくれば済むこと。
そうやって自分の行動に心で折り合いをつける。
そのくせ、青木さんに見えないように左手の薬指から婚約指輪をスルリと抜く仕草は、高鳴る胸を隠しきれていないことを証明していた。
車を飛ばして着いた夜の海。
白い波しぶきの先に広がる闇に向かって、湿気を含んだ潮風が私の髪をさらっていく。
「たまには夜の海もいいでしょ?」
「でも、真っ暗でちょっと怖いです」
今にも黒い海に吸い込まれてしまいそう。
青木さんは怖がる私に微笑むと、少し歩こうよとさり気なく手を取って砂浜を歩きだした。