さようなら、ディスタンス。
「祐希……えっと、友達に光くんが今日東京戻るって聞いて」
「ああ。そっか」
一瞬、何のことか分からなかったけど、すぐ理解した。
昨日歩道橋にいた彼は、祐希って言うのか。彼が未織に僕がいることを教えたのか。
友達って言い直したけど、その祐希くんとやらが今の恋人なんだろう。
今さら僕に会いにきて、どうしようって言うんだ。売れないバンドマンをあざ笑いに来たのか?
心の中で、彼女への恨みつらみを叫び続けた。
彼女を僕の世界から切り離さないと、想いが込み上げて涙が出てしまいそうだから。
しかし、泣きそうな表情で彼女は叫んだ。
「あの……『東京』、すっごく、いい曲だった!」
エンジンのうなり声が大きくなる。出発の時間だ。
「バンド、頑張って! 応援してる!」
とぎれとぎれの大声。まだ息切れがおさまっていないらしい。
頭が真っ白になる。愛おしさがこみ上げる。
目の奥がぎゅっと熱くなる。抱きしめたくなる。
「未織……」
「すみませーん、そろそろ行きますよー」
係の人に声をかけられ、戻ろうとした足が止まった。
そうだ。僕はもうこの街を出なければいけない。
たくさんの思い出がつまった地元、そして、愛を与えてくれた彼女には感謝している。
でも、時間は有限だ。過去に縛られ続けるのはもう終わりだ。
僕はほっぺたと口角を軽く上げ、目をやわらげながら彼女に伝えた。
「ありがとう」