さようなら、ディスタンス。
「ど、どどどうしたの? 未織?」
慌てて駆け足で近づき、声をかける。
すると彼女は顔を上げ、うつろな目で僕を見た。
化粧がとれかけで、目がはれている。泣いていたのだろうか。
「大丈夫? 鍵、忘れた? 取られた? それとも何かあった? このへん治安微妙だし。そうだ、携帯は?」
1人テンパっている僕に対し、彼女は首を振りながら立ち上がった。
「光くん、これ……返します」
なぜか敬語を使う彼女は、僕に何かを手渡した。
それは朝日に反射して、キラリと光る。ゴールデンウィークに再会したときに渡した合鍵だった。
「もしかして開かなかった? 鍵、壊れてる?」
「ごめんなさい」
「安いとこで作ってもらったからかなぁ。鍵穴とのかみ合わせが悪いのかも。こっちこそごめん」
「違うよ」
鍵を受け取り、回転させて形を確かめる。
この鍵のどこがどう悪いのかわからないけど、彼女を一晩中ここにいさせてしまったことに対し、申し訳なさがこみあげた。
いやいや、鍵がどうのこうじゃなくて、今は早く彼女を休ませないと。
「とりあえず、家、入ろう?」
「…………」
彼女を促しても、首を振られ拒否された。
唇をかみしめ、視線は足元に向けたまま。その場を動こうとしない。
そうか、僕がもっと早く帰ってくればよかったんだ。遅くなったことを謝らなきゃ。
ようやくそう気づいた時、
彼女は頭を下げ、こう伝えてきた。
「光くん……わたしと別れてください」