さようなら、ディスタンス。







思い出すたびに、恥ずかしさと喜びがこみあげる。


ついさっきの出来事のようにさえ思える。



高校3年生になったある日、ある男友達の家のチャイムを鳴らすと、彼によく似た女の子がドアを開けた。



『あの。紫音くんいますか?』


『えっと。お兄ちゃんまだ帰ってないですよ』


『おかしいな。あいつ、先に学校出たはずなのに』


『入って待ちますか?』



クラスメイトの紫音くんに1つ下の妹がいることは知っていたけど、面と向かって話すのは初めてだった。


彼女は僕をリビングに通し、麦茶を入れてくれた。



『ありがとうございます』


『何で敬語なんすか? 3年ですよね』


『あれ、おれのこと知ってる?』


『知ってますよ。バンドやってるの見たことあります。文化祭とか新歓祭とかで』



当時も、僕のファンでいてくれる人はたくさんいた。僕自身ではなく、バンドをやっている僕を好きでいてくれる人たち。


もしかしたら、この子もそうかもしれない。


そう思い、『見ててくれたんだ。ありがとう』などと、お礼を伝えようとしたが。



『友達がキャーキャー言ってましたよ。なんかすごい人気みたいですね』



どこか突き放されたような言葉をかけられた。



うぬぼれかもしれないけど、僕は校内でも割と有名な方だったと思う。


作った曲がラジオで取り上げられてから、学校だけじゃなくて、地元、そして隣町のライブハウスにも名前が知れわたっていた。



だからこそ、彼女の反応は新鮮だった。



ためしに『音楽、あまり興味ない方?』と質問したところ、彼女はこう言って、へらっと笑った。



『わたしロックとかよく分かんないんですよ。あははっ』



将来は音楽の道に進もうと決めていたからこそ、彼女にも僕の音楽を受け入れてもらいたいと思った。

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