さようなら、ディスタンス。


サビのメロディーを小声で口ずさむ。


胸が詰まる感覚がしたが、負けずに歌い続けた。



『東京』は未織を想って作った自己中心的な作品だ。いろんな人に褒めてもらえるのは意外だった。


いい曲ができたという自負はあった。なのに、初めてライブで演奏し、彼女に聴いてもらった直後に別れを告げられた。



もしかして『東京』が気持ち悪くて泣いていたのか? それでおれはフラれたのか?



それとも僕が知らないところで、彼女に何かがあったのか?



地元にいた頃なら、思い立ったら速攻で自転車で会いに行けた。


今では新幹線ですら2時間半。衝動的に帰れる距離ではないし、交通費を出す余裕もない。



――ドンドン! 



壁が叩かれ、演奏を止めた。隣人の迷惑になっていたらしい。



「う……っ」



涙がギターに一滴、落ちた。



いくら歌っても、もう未織に届くことはない。



音楽は辞めないし、地元にも戻らない。


ただ、心に空いた穴は大きすぎて埋まる見込みがない。



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