さようなら、ディスタンス。
入ったのは、裏通りにあるおしゃれなダイニングバー。
間接照明のオレンジ色が広がる空間に、カップルや女子グループが詰め込まれている。
席に座ると、店員さんがテーブルに置かれた可愛いキャンドルに火をつけてくれた。
「この店いいでしょ。料理もおいしいんだよ」
明るいワンレンのボブヘアに、肩だしブラウスとワイドデニム。
地元にいた頃よりもルックスが洗練された麻里奈は、お店の雰囲気に十分溶け込んでいた。
そういえば。未織をこういうお店に一度も連れていけなかったな。
金欠のせいで、彼女が東京に遊びに来ても、行けるのはファミレスか定食屋。頑張って近所のホルモン焼き屋が精一杯。
『ごめんね。今お金なくて』と僕が謝ると、
『ううん。これ美味しい~。ご飯おかわりしようかな』と言って彼女はもりもりと大盛りをたいらげた。
彼女のそういうところも好きだった。
「おーい光。意識飛んでるよ」
テーブル越しに麻里奈に手を振られ、はっと意識が今に戻った。
手元の飲み物メニューを見る。東京でよく行くお店と同じ銘柄のビールが置いてあるが、値段は一回り高かった。
「あのさ、この店結構高い? おれ、あんまお金なくて」
男としてはめちゃくちゃダサいけど、ここは正直に伝えることにした。
「だと思ったぁー。いいよ今日はおごってあげる。光、普段あんま食べてなさそうだし、ボリュームあるやつ頼もっか」
麻里奈は得意げにそう言い、つけまつげの影を涙袋に映し、メニューを眺めた。
女の子におごってもらうことに罪悪感を持ちつつも、彼女は全く気にしていないようで、安心した。