千一夜物語
無駄に顔が整っている。

切れ長の真っ黒な目が湛えているちかちかした光は…あれは恐らく妖気の塊だ。

少し伸びた髪を紐で縛り、すっきりした首は滑らかで、引き結ばれた唇が紡ぐ声の音は低く、その声に既視感を覚える。


牙や玉藻の前にちょっかいをかけられても一切声を荒げることがなく、仲間に慕われて好かれて、澪の目には好意的に映っていた。


「少し留守にする」


「え…何処へ…?」


「町の連中らがちゃんと働いているか見に行ってくる。伊能という男が管理しているんだが、最近胡瓜や茄子ができそうだと言っていて…」


「わっ、私も行きます!」


黎が足を止めて振り返ると、澪はもじもじして立ち上がり、たたっと黎に駆け寄った。


「あ、あの私…人に興味があって…おかしいと思いますか?」


「…いや、別に。連中らは妖に慣れているから驚かれることはないだろう。牙、ついて来い」


「りょーかい」


――まさか人の暮らしを間近で見れるだなんて。

親の目を盗んで人里に下りて人と接することはあったが、その都度怪しまれて逃げなければならない事態ばかりだった澪は、この町に住んでいる人々が妖に慣れていると聞いて目を輝かせた。


「黒縫、行きましょっ」


『ですが…』


「何も起こりはしない。むしろあっちから話しかけてくるからな」


「えっ!?」


驚くことばかりだ。

これ以上説明するつもりはないのか、黎と牙が先行して屋敷を出ると、澪は小走りに後を追いかけて町の中枢へ向かった。


建屋は造ったばかりなのか新しく、人々は忙しそうにしていて鉄を打つ音がしていたり、くぎを打つ音がしていたり――

畑のある方へ行くと、広大な野菜畑が広がっていて鍬を手にせっせと土を耕している人々が居た。


「おお!黎様だ!」


「さぼらずやっているか?」


「そりゃあ早く商売始めて黎様に借金返さないとなあ」


わははと笑い声が上がり、黎は彼らに軽く手を挙げて畑を見て回った。


ここには驚きばかりしかない。

澪は嬉しくて興奮して何度もぴょんぴょん跳ねていた。

黒縫はそんな澪を優しく見守り、前を行く黎の足に頬ずりをして感謝をした。
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