千一夜物語
黎が起きてくるまで手持無沙汰になっていた澪は、身ひとつでここへ来たはいいものの、化粧道具や着物などは後で実家から送られてくるようになっていたため、平安町に出かけることになった。


「妖と勘付かれれば殺そうとしてくる奴も居るから行くんなら護衛に猫に見える火車を連れてけよ」


牙にそう忠告されたのは、さすがにどこからどう見ても妖に見える黒縫を連れて行けないからだ。

生まれた時から一心同体で共に時を過ごして来た黒縫を置いていくのは忍びなく、とりあえず黎に相談してみようと部屋に下がって鏡台の前に座って鏡に映り込む黒縫に問うた。


「ねえ黒縫、ここに来るまでの間に護衛してくれた人が居たでしょ?ええと…六郎(ろくろう)さんだったよね?」


『はい。屋敷を出てすぐのことだったと思いますが…こちらが妖であることは気付いていなかった様子でしたね』


「うん、あの人私たちをここまで送ってくれてその後どうしたんだろ」


『さあ…金を払ったらすぐ居なくなりましたが、満足にお礼も言えませんでしたね』


六郎という男と出会ったのは、半ば追い出すようにして家を出されてから次の町に着くまでの間――すぐのことで、身なりの良い澪がひとりで居たため心配してくれて護衛になってくれた。

この時黒縫は人と出会って驚かれぬようにしながら後を追っていたため、心細かった澪は成人したてくらいの闊達でよく喋る男と沢山話して気を紛らわせているうちに仲良くなり、信頼を寄せて身の内話もしていた。


「優しい人も沢山居るんだよね。私を怖がらずにいてくれたからもっとお話ししたかったけど…」


また会いたいね、と言おうとした時――外からにゃあにゃあ、わんわん、けんけんと騒がしく鳴き立てる声が聞こえて、昨日見たあの光景が始まるのだと知った澪は立ち上がって黒縫を促した。


「黎さんが起きたみたい。黒縫、また梳いてもらったら?」


『!はい、楽しみです』


澪が外に出ると、すでに黎は整列した獣型の妖たちを櫛で梳いてやっていた所で、澪は近くに座ってどう話を切り出そうか待ち構えていた。


このきれいで強そうな男ともきっと仲良くなれる――そう確信していた。
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