千一夜物語
毒の排出は無事に成功したが、完全というわけにはいかず、後は神羅の気力と体力に賭ける他なかった。

僅かではあるが全身に毒が回っていたため高熱が続き、苦しそうに短い息を漏らす神羅の傍にずっと寄り添っていた黎は、口移しで水分を取らせたり、着替えをさせたり――

誰も部屋に入れずひとりで神羅を三日三晩看病して、牙たちを心配させていた。


「黎様、少し休んだ方がいいぜ。その間は俺たちがちゃんと看て…」


「いや、いい。俺のことは心配するな。お前たちは悪路王を追え」


黎が部屋から一歩も出てこない――

澪は黎のことも心配だったが、あの女がこの国を司っている女帝だと知ってからはさらに興味が湧いて黎に訊きたいことを紙に書いて懐に入れていた。


「神羅…」


傷口に治癒を早めるあらゆる薬を使ってその上から包帯を巻いたが、今もじくじくと出血を続けていて神羅も顔色も良くはなく、冷たい手を握った。


「死ぬな。死ぬな…神羅…」


――恋をしていると気付いたのがつい最近のこと。

自分より早く死ぬ定めにあると分かっていても、こんなに早く死に別れるなんて許せない。

できるならば想いを打ち明けて、できるならばその寿命が尽きるまで傍に居て欲しい――

焦がれるような熱い塊が胸の内にある。

できるならば自分に恋をして、できるならば嫁になって欲しい――


「神羅…」


もう何度も何度も呼びかけていた。

玉のような汗を拭ってやって顔に張り付く髪を払ってやっていると――神羅の瞼がぴくぴくと動いた。

固唾を呑んで見守っていた黎は、神羅がうっすら目を開けたのを見て――身を乗り出して頬に触れた。


「神羅…目が覚めたか?」


「……黎…?」


「良かった…本当に良かった」


「ここ、は…?」


「ここは……神羅?」


再び眠りに落ちたが、顔には少し赤みがさしていた。


きっともう大丈夫だ。

黎は障子を開けて、控えていた伊能に命じた。


「伊能、何か精のつくものを作ってやってくれ」


心からほっとして、再び神羅の傍に戻って手を握り続けた。
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